□愛してごらん?
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擽ったくて、暖かくて、優しい匂い。
きっと本能的に、私はコレが好きなんだと言える。
頭の天辺から足の指先まで溶けきった姿は、どうしようもなくだらしが無いけど
ずっと踞って居たい。
ここに居たい。

気だるい体がぴくりと動けば、自ずと身体中の細胞が目覚める。
ぐるぐるとする頭
……昨日の飲み会で飲みすぎたんだ
節操の無い自分に呆れる。
皆に迷惑を掛けてないと言い切れない。
ああ皆さんごめんなさい。
今の私には昨日の記憶が全く無いの。
全くじゃなくて、正しくは三杯目のグラスからかな。
情けないよなあ、なんて思いながら瞼を開けば、眩しい位の光が目を突く。

「…んん」

呻き声を上げながら目を擦る。
幸い今日は休みだし、ゆっくり出来る。
さて、今日は何をしようかな。

眩しさに目を開けないまま、上半身を起こすとゆっくり伸びをした。
やっぱり今日は部屋の掃除でもしようかな。
一人暮しの今は彼氏もいないとは言え、女の子なのだからあの部屋の散らかりようは酷い。

「やっと目が覚めたようだね」

「ふぁ…うん」

欠伸を溢しながら、凝り固まった体を伸ばす。
いち、に、さん…って

「えっ?!」

誰も居ない部屋の筈なのに今のは何?!
驚いて目をかっぴろげ、声のした方へ顔を向ける。
そこにはのほほんとした顔。

「え?…もっ元就さん?」

何で?どうして?
パニック寸前の脳内が、驚く程のスピードで回る。
元就さんは私の今働いている職場の上司で、それはそれは仕事の出来る人で、穏やかでとっても優しい人なのだ。
それから何気に、私はずっと前から好意を抱いていたりなんて…いやん!
待て待て、照れてる場合じゃない!!
いや、そんな人が何故ここに?!

ゆっくり元就さんへ視線を移せば、椅子に腰掛けて本に目を落としている。
頁を巡る指先、真剣な眼差し
素敵過ぎるー!!
じゃなくて…
よくよく辺りを見渡せば見覚えの無い部屋。
落ち着いた雰囲気の部屋の壁に、本棚が埋められていて、ずらりと並ぶ難しそうな本の数々。
そして私の居る大きめのベッド
元就さんの居るシックな机。
やっぱり知らない
分からない

何処よ、ここー!?

まさか私、よりによって元就さんに迷惑を掛けたんじゃ…
そんなの確実に嫌われる!
ひやりとする背筋に、表情が氷つく

「先から固まって動き一つしないけど、体調でも優れないのかい?」

苦笑気味の元就さんに、私は涙が込み上げて来た。
あの引きつった笑顔
間違いない、嫌われたんだ私
そうだよね…みっともない所いっぱい見られちゃったんだろうな

「ごめんなさい元就さん…私っご迷惑を」

うるうる揺らいだ視界
駄目だ元就さんの方なんか向けないよ
椅子を立ち上がる音に、ぎゅっと体を縮込める。

「まったく…君は何れ程私を困らせれば気が済むんだ」

「…本当に、ごめんなさい」

少し離れた所から聞こえて来た声は、次の瞬間ベッドの沈む動きに乗せて、耳元に届いた。
体に回る腕に、頬に当たる胸
自分がぎゅっと抱き寄せられていると、気が付く迄にかなりの時間がかかった。

「も、もっ元就さん?!」

驚いて離れようともがくと、更に強く抱き締められる。
嘘、何この展開
くるくると空回りする頭に、丸く開きっぱなしの目
頬は自分でも分かるくらいに真っ赤に染まってる。

「私が昨夜あれ程言った事、もう忘れてしまったようだね」

「へ?昨夜?」

優しい瞳で私を覗き込む元就さんに、慌てて昨夜の記憶を探す
昨夜?何があった?
うぅ…やっぱりか記憶がない
私の馬鹿!

眉間に皺を寄せて、必死に思考を巡らせて居ると、真顔の元就さんが瞳を覗き込んで来た。

「まさか、覚えてないのかい?」

「その…まさかで」

申し訳ない気持ちでいっぱいで、元就さんが見られない。

「昨日の飲み会以降記憶が無くて。…だから、私がなんで元就さんに抱き締めて貰えるなんて、素敵な展開になってるのかも、そもそもどうして知らない所で寝てるのかも分からないんです」

全てを言い切ると、しょんぼりとして肩を落とす元就さん
情けなく下げられた眉に、俯く瞳
可愛すぎる。
って私のあほ!
こんな時に何考えてんの!

「…それは残念だ」

「すみません」

そんなに凹まれると、本当に申し訳なさが胸を突く。
お互いに俯いたまま暫く沈黙が続くと、ゆっくりと上がって来た元就さんの視線につられて、私も顔を上げる。
正面から改めて見ても、やっぱり穏やかな優しい顔つき
困惑した瞳の奥に、溶けて仕舞いそうだ。

「昨日君は、私の事を慕ってると言ってくれたんだが、あれも酔いの勢いになるのかい?」

って、何を言ってるんだ私ー!!
酔いに任せて告白してるよ!
どうしようもない奴だ!
私の淡い恋心を、何酔っ払いが色気も無く言っちゃってんのよ!
また泣きそうな私に、元就さんの射抜く様な深くて綺麗な目が答えを急かす。

「そっそれは嘘じゃなくて…私は元就さんの事…好きです」

それを聞いた途端にぱぁっと何時もの表情に戻った元就さんに、ちょっとほっとする。
まさか、こんな形で告白するなんてね

「よかった。なら、改めて言う事が出来るね」

嬉しそうに笑った顔にきょとんとする暇もなく、元就さんにまた抱き締められた。
耳に当たる唇に背筋がぞくりと震える

「私は前からずっと君が気になっていてね。ずっとこうしたかったんだよ。まぁ最も昨日既に叶った事だがね」

「…それって」

「ああ、君が好きだよ」

時間が止まった見たいに思考回路が停止する。
元就さんが私を……好き?

「本当にですか?」

「こんな時に嘘は言わないさ」

嬉しすぎて、夢みたいな事ばかりで頭がチカチカしてきた。
酔っ払いの私、良くやった!

「さて、昨日の言葉を改めて言うとしようかな」

体を離した元就さんは、私の肩を押すとゆっくりと覆い被さってきた。
えっ…まさかこの展開

嘘…でしょ?
既に酔っ払いの私が元就さんと結ばれちゃったって事?
覚えて無いなんて…。
お願い元就さん嘘だって言って

「まさか私、昨日元就さんと…」

「さぁどうだろうね」

目の前で微笑む唇が、開きかけた唇に重なった。


愛してごらん?
(今になって、昨夜は何も無かったとは言えないかな)






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