†捧げ物†

□キスの深さの訳
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カタカタ、カタ…。



先程からそんなパソコンのキーを打つ音だけが響いている。





「なぁー…孫市ぃ」
「黙れ。俺は一刻も早く終わらせて休みたいんだ」
眉間に皺を寄せて孫市が作成してるのは、指導要項。




新学期も始まる今に作成しないといけないのだが、担任を受け持ち、尚且つ全教科英語という新しい教育方針が出そうだという事で、英語に久しい先生方の指導も任されてしまっている孫市は例年に無い忙しさだった。
そのせいで本来もっと早く出せた指導要項が遅れてしまっていた。




何が悲しくて休日出勤なんぞせねばならないのだ。
そう内心で毒吐きながらキーを叩きながら後ろのソファーで寝っ転がっている慶次をチラリと横目で見遣った。





仕事だというのに休日はせめて2人きりでと(夜も何時も来るくせに)我儘を言ってくっついて来た獅子に呆れ果てる。
さっきから憎たらしくもソファーに寝そべりながら人の名前を呼ぶばかりで何の役にも立たない。ウドの大木もいい所。
「慶次、お前何も用無いなら帰れ。邪魔」
「孫市、そりゃ無いんじゃないかい?」
「だったら茶の一杯でも運んで来い」
「へーい…」
ラッキョな角をヘニャリと垂らしながら給湯室に向かう。
ありゃ、尻尾みたいだな。




さてもう一踏ん張りと伸びを軽くすると、脇からスッと淹れたてのコーヒーが入ったカップが出て来た。
「お、サンキュー」
そのまま取ろうとしたが、手は空振る。極めて幼稚な悪戯。此までも何度もされてきた。
「…寄越せ」
「なら駄賃が欲しいねぇ」
「阿呆、勝手についてきた癖に駄賃まで強請るな」
ムッとしながらカップを奪おうとするが、躱されてしまい、全く届く気配が無い。




「慶次、お前いい加減に…!?」
目の前で揺らめく金の糸。




…くそっ、あの阿呆ラッキョは我慢を知らない。此所何処だと思ってやがる!






…でも、それが気持ち良いとか思ってる俺も、相当馬鹿だ。
所詮は俺も快楽主義者。気持ち良いものには弱かった。




口唇を強く吸われ、舌を絡めとられて、卑猥な音が誰もいない職員室に響く。
…あー……やっぱ上手いな、こいつ。
角度を変えて、何度も食ってかかるのに、流石に息が続かなくて、乱雑に纏めてあった慶次の髪を引っ張った。




「…っ、は……テメッ…しつこいんだよっ…!」
「その割には気持ち良さそうにしてたがねぇ、雑賀センセ?」
余裕綽々といった態度に尚ムカついて、俺はコーヒーをひったくって思いっきり向う脛を蹴り飛ばした。
「でっ…!?」
「俺の風上に立つなんざ10年早いっての、バーカ」
コーヒーに口付けて再度パソコンに向かう。慶次が蹲って脛を労ってるが、そんな事は知らねぇ。さっさと終わらせないと、時間が勿体ない。




「今のはちいと酷くないかい?」
「TPOを弁えないからだろ、自業自得」
「つれないねぇ」
「てか毎回毎回がっついてくんなよ。お陰で最近口荒れてんだけど」
普段より赤みの増した唇を撫でつつ文句を言えば、奴は首をフルフルと振った。
「これだけは譲れないね」
「何でだよ?」
「こっちの方が孫市の味がするからなぁ…痛っ!」
「馬鹿野郎!何吐かすっ!」
阿呆な番犬に踵落としを一発食らわせ、パソコンを閉じた。
少し遅れたが、まぁ予定通りだ。





「慶次、そのコーヒー飲み終わったら帰るぞ」
「はいはい」
「…俺の部屋、寄れよ」
「おっ、やっと火が点いてくれたかい?」
「誰のせいだ?」
「そう拗ねなさんな。責任はちゃんと取るから」
慶次は一気に飲み干すと、孫市を担ぎ上げる。一応抵抗してみたが、この馬鹿力相手に叶う筈も無く。




「…人目は避けろよ」
「何なら此所でスるかい?」
「そうしたらどうなるか位分かってんだよな?」
「…慎重にお運びします、ハイ」





ま、たまには絆されてやっても良いか。





























〜End〜
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