†捧げ物†

□春宵一刻
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空に浮かぶは星も隠れる望月、地に聳えるは満開の白梅とくれば。











「白梅を肴に酒を呑むのも又乙だねぇ」
満月の光に照らされて一段と白さを増した白梅の花弁を眺めながら戦国一の傾き者は傍らに置いてある徳利から酒を注いだ。






花弁は答えるかの様にひらひらと数枚を風に乗せて見せる。





その一枚を盃に浮かべた稀代の狙撃手は苦笑しながら傾ける。
「お前は何処だって乙なんだろ?」
「違いないねぇ」
「貴様らは酒が呑めれば何でも良いのだろうが」
隻眼の覇者は呆れながら二人を見やり、杯を翳す。
すると、小波を立てて風が水面を揺らした。






冬もそろそろ終わりを告げ、人々が農作業に勤しむ頃。
久方振りに呑もうと慶次が酒を片手に押し掛けて来た。
丁度堺に所用があった政宗も偶来訪していて、三人揃って見頃となった白梅の樹を眺めながら春の宴と興じていた。






「しかし、紀州の梅は見事だな。奥州にはこんなには無い」
「まぁな。梅は此所の名産だし。もう少し南の方がもっと多いが、うちにも少なからずって所だ」
意外に風流な独眼竜が宣う様に、一面に咲き誇る白の梅の華はその美しさを自負する様に薫
りを放ち、観る者を誘う。



慶次も摘みの肴を口に入れ、沁々と梅の香を味わう。
「俺んトコにも梅があったぜ。こっちと違って紅い方だがな」
「家紋なんだからあっても可笑しくないだろ。実は白じゃねぇと美味くねぇんだよ」
家で漬けている梅酒を見せながら孫市が自慢げに呟く。
そんな2人を余所に、政宗は珍しく穏やかな瞳で梅を見つめて一句詠み上げた。

















『天つ風 匂ひはこべよ 宮城路の 寒菊匂ふる 我が屋の元に』





「お、良い詩だねぇ、政宗」
「当たり前だ、馬鹿め。詩は嗜み位しておる」
二人が詩で盛り上がっているのに孫市はむっとしながら黙った儘。




「どうしたんだい?孫市」
「俺はお前らと違ってその手の嗜みとかして無いんでね。良く分かんねぇんだよ」
孫市は女性に口説く時は自身の言葉を使う。
文盲の者も多いこの時代、一般の町娘では詩で囁いた所で真意が解る訳が無い。
孫市自身、詩の勉学の時間はたちまち逃げ出して町で遊び惚けていた為何時の間にか苦手になってしまった。
「でもお前さん庶務だってきちんとやる時はやってるじゃないか。出来ないって訳じゃないだろう?」
「だから苦手なんだって。こう掛けるとか良く分からねぇし。大体庶務とは勝手が違うだろ」
そこまで言うならお前詠んでみろよと拗ね気味にけしかけられた慶次は盃の中の酒を飲み干して政宗に続いて詠んだ。













『梓弓 張るを待つのは 戦人 未だ放たぬは 始めの矢かな』






「……慶次…貴様な……」
政宗は詩を聞き呆れ果てているが、孫市は何となく分かりながらも良く分からない。
仕方が無いので政宗に教授願った。





「なぁ、政宗。あれどういう意味なんだ?」
「あれも分からんのか?あれはな…『戦の始めを知らせる矢を放つ為の弓が張り、気持ちが引き締まるのを待つのは戦人。未だ放たれていないのは告げる矢であるな。早く始まって欲しい』と言う戦馬鹿の詩じゃ」
何とも慶次らしい詩に孫市は思わず笑い出す。
「慶次…お前個性出し過ぎだろ」
「まぁ『春を待つのは戦で荒んでしまった武士である。戦が矢が放たれてすぐ始まる様に早く春が来ないかと待ち侘びている』とも取れなくも無いがな」
政宗が酒を呑みつつ補足すると慶次がおおらかに笑う。




「まぁ、好きな様に取ってくれれば良いさ。じゃあ孫市、アンタの番だ」
「えっ……俺も詠むのかよ」
孫市は渋い顔をするが、政宗も慶次に加勢し急かされる。
「儂らも詠んだのだ。この見事な白梅を見ても何も思いつかんのか?」



二人に言われてしまっては分が悪い。孫市は腕を組み、頭の智恵を絞り出して漸く一首詠んだ。









『世の中に 絶えて白梅 無かりせば 春の宴は いとはからまし』









「まぁ…」
「孫市にしちゃあ上出来だねぇ」
二人の評価に孫市は顔を赤くして注がれた酒を飲み干した。




「もう俺、詩なんか詠まねぇ……」




孫市のその可愛らしい拗ね方に、二人は高らかに笑った。

















春の一夜の、平和な一時である。



















〜fin〜
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