小説/とらちゃんシリーズ

□大きな者は小さな者を救う 全4話
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年に一度、真選組は避難訓練を行っている。
「真選組に恨みを持つ者により放火された」というあながちないとはいえない設定で、最低限の市中見廻り要員を除いたすべての隊士がこの訓練に参加することになっている。
屯所は木造家屋なので火の回りが早いし、隊士のみならず取り調べ中の被疑者がいる場合もある。そういった人間も含めて混乱のないよう速やかに、かつ安全に避難する。さらに真選組の場合、火消しの到着までに自分たちでもできる範囲で消火活動を行うという点に特徴があった。屯所の敷地内を網羅できる長さの消火用ホースは常備されていたし、その扱い方も隊士たち全員が講習を受けている。
「備えあれば憂いなし」を感心なほど地で行く真面目な避難訓練の筆頭に立つのは、もちろん土方だ。お縄についている被疑者役、その被疑者を見張りつつ避難させる役、火消し役、局長を護衛する役、重要な書類を持ち出す役、関係各所への連絡役といったさまざまな役割のうち、どの隊士がなにを担当するかは、その年によって違った。役割を固定しないことで、いざというとき自分がどの状況に置かれていても最適な行動が取れるようにというのが土方の方針だ。
避難訓練の土方は、はたから見ていても生き生きしている。おそらく個々の人間が無駄なく効率よく迅速に的確に動き、それが集団として見ても統率された動きであるという状況がおもしろいらしい。要は戦闘訓練と似ているから、演習の指揮をしている気分なのだろう。部屋にこもって書類と格闘しているより、体を動かし大声を出せる避難訓練の方が土方にとって楽しいのも無理はない。
そしてこの日も大々的に避難訓練は始まった。屯所中に火事を知らせる鐘が鳴り、倉庫と食堂の2か所から同時に出火というアナウンスが流れる。土方がやる気満々の分、隊士たちも手を抜くわけにはいかない(本物の火事ではなく火災訓練で命を落とすことになりかねない)。
「火消し1班は倉庫、2班は食堂!3班と4班は支援に回れ。取り調べ中の被疑は護送車に乗せろ!」
土方の張り切った声が屯所に響き渡り、隊士たちが慌ただしく走り回る音がさらなる臨場感と緊張を生み出している。土方は手にしたストップウォッチを見て、誰にもわからないよう満足げに頷いた。
(今年はなかなか優秀だ、去年よりもタイムがいい)
そして火消し現場になっている場所に行こうと歩き始めた途端、悲鳴のような声が聞こえた。
「副長!局長がいません、どこにもいません!」
「なんだって」
今回の設定では、「近藤は昼寝中」ということになっていた。だからさっきまで部屋で寝そべっていかがわしげなゲームをしている姿を、土方は確かに見ている。避難訓練が始まる直前までは確かにいたのだ。
「誰か近藤さんが屯所を出ていくところ見たか」
「誰も見てません」
土方の眉間にしわが寄る。
(近藤さんが避難訓練をさぼったとは思えねえ。必要な訓練だし、近藤さんだってそれは承知してる。実際、毎年ちゃんと局長らしく参加してた。どこ行ったんだ?)
近藤を護衛して逃げるはずだった隊士がほとんど半べそで(土方に殺されそうだから)、気がふれたように近藤を捜し回っている。そのパニックぶりを見ていたら、土方まで不安になってきた。
「近藤さん!どこだ近藤さん!」
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