小説/とらちゃんシリーズ

□俺の上司たち 全8話
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最初は屯所の中をうろついているだけでも怒っていたはずだ。誰かが餌やるからいついちまうんだって怒鳴り散らして、局長を筆頭にこそこそ食べ物をやっていた隊士たちは、副長ちょっと大人げないよねと陰でささやき合っていた。まあ副長のことだから、おそらく猫がいやなんじゃなくて情が移るのがいやだったんだろう。実際、局長が結構な力技でとらちゃんのみならずシバくんまで屯所で飼う方向に持って行ってしまったときも、それはもうきゃんきゃんと怒っていたわりに、2匹を屯所の外に放り出そうとはしなかった。その後ははたから見ていても、副長ととらちゃんの距離はほんの少しずつではあるけれど近寄ってきているように見えた(シバくんについてはシバくんがあらゆる人間を好きでその思いを全力でぶつけてくるから、副長の気持ちは関係なかった)。
でも、だからといって、俺が潜入捜査で留守にしてたこの半月に、なにが起こったんだ?


久しぶりに屯所に戻ってきた俺は今、報告のため副長の部屋にいる。
整頓はされているが書類が山積みの机、そろそろ吸いがらを捨てないと火種が消しにくくなっている灰皿、前髪で隠されているものの不機嫌そうにしわが寄せられた眉間、そういったものはいつもとなんら変わらない。
ただ、なんだあれ。部屋の隅に無造作に置かれた段ボール。片付いてる部屋に、なんで空の段ボール。
「さっさと続き言え」
「あ、はい」
視線が段ボールに向いていることに気づいた副長が不機嫌な声を出す。その目が「聞くな」と言っている。あの段ボールなんですか、片づけないんですか、そういう質問を受け付けないというオーラを放ちまくっている。局長や沖田さんほどじゃないけど俺だって副長とはそこそこ長い付き合いになってきてるし、そもそも副長直属の監察方だ、そのくらいはさすがに読める。
「目を付けてた攘夷浪士が桂に接触したことで、桂の捕縛につながるんじゃないかっていうのが当初のもくろみだったわけですが、あいにく不首尾に終わりました。浪士と桂は確かに接触したんです、でも強硬手段に訴えようとする相手に対して桂が頑として譲らず、攘夷浪士が望んでいた共闘の道は断たれました。そこでその浪士…」
あまりにも目の前で繰り広げられた光景が衝撃的すぎて、思わず報告が止まってしまった。
前脚で巧みに障子を開けたとらちゃんが、副長の部屋におずおずと入ってくる。見るからにびびってるしこそこそしてるし恐怖心の極みだ。それでも副長をちらちら見つつ、部屋の奥に進んで行く。呆然としている俺の目の前で、とらちゃんは件の段ボールにぴょんと入り、首だけ出して副長と俺を見た。それから段ボールの中で2回転ほどぐるぐる回り、ベストポジションを見つけたのだろう、その姿は段ボールの中に消えた。
部屋に沈黙が広がる。
副長は「さっさと続き言いやがれ、それ以外の発言は禁止」オーラをまばゆいほどに放ちまくっている。でも副長、俺もいろいろ突っ込みどころが満載なんですけど。なんすかとらちゃん!この半月になにが起こったの!
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