小説/とらちゃんシリーズ

□拍手お礼文2009年9月
1ページ/1ページ

その日、土方は近藤の部屋でひとり書類整理という変則的な形で仕事をしていた。
はじめは近藤と一緒に処理していたのだが、急に近藤だけ本庁から呼び出しがあったのだ。来月の合同演習について調整が済んでいない個所があるということで、「昼過ぎには帰れると思うからここでこのままやってて」という近藤の言葉に従い、土方は自室に戻らずそのまま近藤の部屋で作業を続けていた。
やがて土方は眉間を親指と人差し指でもみほぐし、大きく息を吐いた。
長時間同じ体勢でいたために、体中の関節が油切れのような感覚だ。大きく伸びをして、背筋が伸びきった心地よさに、思わずそのまま仰向けにごろりと寝転ぶ。
眠気を防ぐために昼食は軽めにしておいたのだが、それでもここ数日の慢性的な寝不足は、午後の暑すぎず寒すぎずのうららかな陽気に叶うはずもなかった。ダメだ目をつぶっちゃ寝ちまう、ダメだ…そう思いながら土方は眠りに落ちた。


とらちゃんはいつものように近藤の部屋のお気に入りの座布団で昼寝をしようと、わずかに空いている障子の隙間からするりと部屋に入り込んだ。
「…」
とらちゃんはしばらく固まって動けない。大好きなおっきな人はいなかったが、代わりにうるさい人がいる。部屋を間違えるはずもない、とらちゃんはこの部屋以外には足を踏み入れないというルールを正しく守っているのだから。
小さな頭は必死に考える。庭の木陰で昼寝しているシバくんのところに行ったほうがいいのか、あるいはこのうるさい人の背後にあるお気に入りの座布団まで勇気を出して進むべきか。
しかしそのとき、土方が畳に寝そべって動く様子がないことにとらちゃんは気づいた。ようやく金縛り状態から解放され、おそるおそるライバルに近づいてみる。
いつもは姿を認めるとそれだけでメンチ切ってくるのに、今はすやすやと小さな寝息を立てて平和な顔付きで眠っている。いつもの土方とのあまりのギャップに、とらちゃんはもしかして別人なのかとおそるおそる隊服のにおいを嗅いでみた。この煙の臭いはやっぱりあのうるさい人に違いない。
「…」
とらちゃんはまた必死に考える。ゆっくり上下しているとこに乗っかって寝ると、気持ちよさそうだと。おっきい人が同じ格好で寝てるときに上に乗っかって寝ると、とても心地いいことも思い出す。
死ぬほど勇気を出して、そっと土方の胸に乗ってみる。土方は起きる様子もない。

おっきな人よりもちょっと狭いけど、寝心地悪くない。

とらちゃんは意外な発見に満足し、そのまま本格的な昼寝に入るべく丸まった。


「悪りぃトシ、遅くなっちまって…」
近藤は謝りながら自分の部屋に足を踏み入れようとして、最初の1歩で足が止まった。
「ん?」
近藤の文机の前で仰向けに眠る土方。その胸に乗り丸くなって寝ているとらちゃん。ふたりとも快適な眠りなのか、目覚める様子がない。近藤はちょっと驚いた顔をしてその光景を見つめ、やがて大きく破顔した。
(とらちゃん、見る目あるじゃねえか。トシ、悪くねえだろ?)
そしておもむろに携帯を取り出し、この劇的な光景の証拠写真を撮る。
(よくわかんねえけど…なんか役に立ちそうだから)
近藤は自分の説明に自分でくすくす笑いつつ、もう少し寝かせてやろうとそっと部屋を出た。部屋の前の縁側に座って庭を眺めていると、シバくんが尻尾をぐるんぐるん振りながら走り寄って来た。その頭をなでながら近藤は思う。
(いい日だなあ!)


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ