小説/とらちゃんシリーズ

□はじめの一歩 全3話
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頬に触れる空気が揺れたような感じがして、土方は目を開けた。見慣れた天井のようで少し違うようで、寝起きの頭はゆっくりとうたたね前の自分の状況を思い出す。
(ああ…ここ近藤さんの部屋だ…仕事してて、寝ちまったのか)
穏やかな陽気にひとり食後のデスクワークと、昼寝の条件が整い過ぎていた。土方は何度か瞬きを繰り返す。
(近藤さんが戻ってくるまでにもう少し進めておかねえと…)
両手を頭の上で組み体を伸ばす。反らせた背中が気持ちいい……はずが、なんとなく胸苦しい。土方は何気なく自分の体に目をやり、そして固まった。
(チ、チビ?な、なんで俺の上にチビが!)
一気に覚醒する。体は硬直したままなので、土方は目線だけとらちゃんに向けた。土方のベストを敷布団に熟睡しているのは、どこからどう見てもとらちゃんだ。さっき伸びをしたとき上半身が不自然に揺れたはずなのに、目を覚まさなかったらしい。
(いつの間にこんなとこで寝てやがるんだ…あ、もしかして近藤さんと間違えたのか?ここ、近藤さんの部屋だし)
次第に体の硬直が治まって来た土方は、頭の上で伸ばしたままだった両手をぎこちなく下ろし、なんとなく上半身を動かさないように気をつけながら、さらにとらちゃんを観察する。
(いや、いくら脳みそが小さい奴だからっつって、近藤さんと俺を間違えるわけねえよな。てことはこいつ、俺だってわかってて、俺が寝てるってわかってて、俺を寝床にしたわけか。しかもまだ起きねえ。なんというふてぶてしさ…)
きれいな円を描いて眠っている小さなとらちゃんは、ふわふわとした黄金色の毛糸のようだ。
(無垢って言葉を具現したみてえな寝顔に俺は騙されねえぞ。こいつはいつだって近藤さんを占領するしたたかな奴なんだから)
土方は疑わしげな顔をしてしばらく眺めていたのち、おもむろに手を伸ばしてその体に触れてみた。指先に心地よいつやつやの毛、あたたかな体。土方はちょっと困った顔になり、すぐに手を引っ込めた。
(や、柔らけえ)
それは自分の人生でかつて経験したことのない触り心地だった。恐る恐る、もう一度手を伸ばす。今度はその丸まった背中をそっと撫でてみた。
(やっぱり、や、柔らけえ)
そして認めたくないがついに認めざるを得なくなった、とらちゃんの触り心地のよさを。
土方は相変わらず仰向けに寝そべったまま、とらちゃんの背中をゆっくりと撫でる。最初は指先だけで恐々と触れていたが、やがて手の平全体でとらちゃんのふわふわ感を堪能しはじめた。
(超気持ちいい…なんだこれ)
土方がうっとりしながらとらちゃんの顔を見ると、その目がぱちりと開いた。
土方の手が止まる。ふたりは見つめ合い、そしてまたしても双方固まった。
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