小説3

□近藤さんの考える誕生日の祝い方
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息苦しさを覚えて目を開けると、近藤さんが俺を見下ろしていた。
布団の中で数秒間、俺たちは無言で見つめ合う。言葉にしなくても俺の顔には「なにしてんの?」と書いてあっただろう。近藤さんは真顔のまま口を開いた。
「誕生日おめでとう、トシ。ぎりぎり5日、間に合ってよかった」
「…それをわざわざ言うために?」
「ああ。今日は朝早くからずっと別行動で、顔も合わせてなかったもんな。そのままトシの誕生日が終わっちまったらどうしようかと焦ったぞ。こういう日に限ってトシが早寝してたのは想定外だったけど」
「…だから布団の中に入り込んで俺の上に乗っかってんの?」
「ああ」
ものすごいきめ顔だ。かっこいい。かっこいいが、なんか変だろこれ。
「近藤さん。気持ちはありがてえが、布団の外から言ってくれればいいと思うんだが」
「だってこれからするんだし、どうせなら至近距離でおめでとうって言いてえじゃん」
突っ込み要素の多すぎる発言に、俺はいっそ能面のようになった。
これからする?至近距離でおめでとう?
「これからするって、あれか」
「うん」
当たり前のように平然と頷かれた。
「そこに俺の意思は関係ねえのか」
「え?トシはやりたくねえの?」
びっくりした声を出すあんたに俺はびっくりだ。
「だってさあ」
俺に覆いかぶさり、いつものようになにが楽しいんだか髪に顔を突っ込んですりすりしながら近藤さんが籠った声を出す。
「俺は自分の誕生日、いちばん好きな奴と一緒にいてえもん。一緒にいたら触りたくなるし脱がせたくなるし、直接肌が触れあったら感じてる顔見たくなる。これって普通の流れじゃね」
こういうところが近藤さんなんだ。脱がせるところまでは人と一緒でも、そこから先が違う。この人は自分が気持ちいいから幸せなんじゃなくて、相手――それは俺ってことでいいんだよな?――をよくして感じてる姿を見て幸せになる。自分の直接的な快感は最優先されるものではなく、あくまでも俺が優先だ。ときに例外もあるが、あーなんというか、それはそれで珍しいことなので俺もそれなりに盛り上がるというか、まあ近藤さんにそんなことは口が裂けても言えねえが、ともかく自分の誕生日ですら俺を優先してくれる。
ん?「自分の誕生日」?
近藤さん、いま自分の誕生日の話したよな?今日は俺の誕生日だよな?じゃ、今夜はどういうことになんの?
「近藤さん。自分の誕生日のときは俺を脱がせてよがってるとこ見て幸せなんだな」
「お前の機微のねえ言い方だと情緒のへったくれもねえが、まあそうだ」
「じゃあ今日、俺の誕生日のときはどうなんだ。逆になるわけ?俺に奉仕させて自分の快感優先すんの?」
「は?なに言ってんの?」
近藤さんは意味がわからないといった声を出してから、俺の帯を器用にするすると外す。
「トシはなんでそう深読みすんのかね、簡単なことまで難しくしちまうような」
「いやいやそうじゃねえだろ、あんたが実際『自分の誕生日』のことを話したんだから、じゃあ俺の誕生日なら逆のこと期待すんのかなって」
「めんどくせえ奴」
ひどい言葉を吐きながら近藤さんがにやりと笑う。なんだ。なんだそのエロい笑みは。犯罪だ。
「なにが欲しいってしつこく聞いても毎年マヨとしか言わねえ、俺はあんたとこうしていられるだけで本当に十分だとか健気なことを真顔で言う。そんな奴の誕生日に、俺がなにしてやれる?俺がどれほどいま現在もトシにとことん惚れ込んでるかってこと、言葉と態度で伝えるしかねえだろ?ものなんて金を出しゃいくらでもくれてやれる、でもお前が欲しいのはそういうもんじゃねえだろ」
首に近藤さんの熱い息がかかってどきどきする。俺よりも重い体がのしかかっているのに、なんでこんなにふわふわした気分なんだ。
「お、俺、欲しいものあったんだからな」
あっけなく近藤さんの手に落ちた感が悔しくて、俺は負け惜しみを言う。近藤さんは俺の着物をはがしながら手を止めることなく「なに?」と問う。
「こないだ数量限定期間限定受付時間限定で販売された比内地鶏の卵と」
「あ、マヨだろ。それもう買ってある。いま持ってくるとお前が取り乱しそうだから明日にしようと俺の部屋に置いてあるから。安心しろ」
まじでか。欲しいものまで先取りか。ああもう、近藤さんほどかっこいい人、この世にいねえ。
「も、もういっこ欲しいもんが」
「なに」
近藤さんは俺の指を口に含んだまま言う。やわらかな舌の感触とそのエロい姿に声を失っていると、近藤さんは俺を見てまたエロい笑みを浮かべた。
「俺だろ」
反則。反則だけど近藤さんの勝ち。俺の欲しいもの全部知ってる近藤さん。誕生日って、こんな幸せな日なんだ。
満月の光が障子越しに部屋を照らす。いつもよりも明るい夜に、俺はひとつ年を取った。そのとき隣には(正確には「上には」)、この世でもっとも大切な人がいた。

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