小説2

□それでもおめでとう 全5話
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実に久しぶりに近藤さんと非番の日が重なった。
いろいろな偶然が重ならない限り、局長と副長の非番が同じ日になるなんてありえない。今回も隊士が代休取ったり急な警護が入ったり近藤さんの出張の日程がずれたりと、いくつもの複合的要素が絡んだ結果、ふたりが同時に休めることになったのだ。しかも近藤さんの誕生日に。降ってわいたような奇蹟だ。
つまり、前の晩から翌朝を気にせずゆっくり飲んだりできるってことだ。すぐに屯所に帰れる近郊なら、場合によっちゃ外泊できないこともない。温泉とか、いいじゃねえの。近藤さんの誕生日に旅行。まじでか。
俺の脳内では幸福な計画があれこれふくらんだ。今さら誕生日を盛大に祝う年でもないが、できることなら一緒にいたいし面と向かっておめでとうを言いたい。プレゼント渡して顔いっぱいに笑みが浮かぶ、あの顔が見たい。
近藤さんに非番が重なったことを伝えると「お、ラッキー。めずらしいな」とうれしそうに言った。そして「じゃあ久しぶりにトシとふたりでゆっくり過ごせるな」とも。確かにそう言った。
なのにどういうことだ。明日はお互い非番だというのに、近藤さんもそれを知っているのに、まだ近藤さんは屯所に戻って来ない。もうとっくに日は暮れ、夕食を終えた隊士たちが食堂からばらばらと思い思いの場所に散らばって行く姿が見える。
俺は何度見返したかわからない近藤さんの予定表をもう一度見る。午前中は事務処理を終えてから稽古。午後は俺と打ち合わせの後、本庁で他国警察の表敬を受けてから共同訓練に向けてのすり合わせ。どんなに遅くとも夕食までには帰ってくる予定だった。だからこそ俺はかなり苦労して取り寄せた近藤さんの大好きなレアものの純米大吟醸を片手に、こうして部屋で待っている。
発想が女みてえで恥ずかしいが、明日は近藤さんの誕生日だろ?しかもふたりとも非番だろ?なら、今夜から一緒にいたいって思うのが普通の流れなんじゃねえの?それが電話もメールも寄こさず、本庁での仕事が終わると運転手だけ先に帰らせて供もつけずにどこかに行っちまったなんて、あまりに俺がみじめだ。
まさか今夜もまた暴力女のところに行っているのかと絶望的な気分になったが、ちょうど偵察で近くを通りかかった山崎がついでに店をのぞくと、そこに近藤さんの姿はなかったそうだ。とりあえず最悪の状況は免れたが、昨日までずっとお互いばたばたしていたせいで、明日の予定もまったく決められなかった。今日から温泉に外泊なんて、結局妄想だけで終わってしまった。
ならばせめて部屋でゆっくり、ふたりだけで飲みたかったのに。俺はこうして近藤さんを待ってるのに。
こうして俺は、ひどく腹を立てていた。
けれど忍耐の限界に達して携帯に電話したとき、着信音が鳴ることなくすぐさま留守電に切り替わったとき、俺の怒りは不安に変わった。
携帯の電源が入ってない?もしかして近藤さんになにかあったのか?
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