小説2

□トシの縁談 全6話
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近藤さんが本庁から持ち帰って来た見合い写真を、俺はくわえ煙草のまま眺める。近藤さんが俺を凝視しているのを感じるが、無視する。風下にいる近藤さんへ紫煙がもろに流れてしまっているが、それも無視する。だってわざわざ局長自ら俺の縁談話を持ち帰ってきてくれたんだ、写真をちゃんと見ねえと失礼だよな?よそ見なんてしてる場合じゃねえものな?われながらガキくさい嫌味を心の中で呟く。
いかにも気まずそうな困った様子で、けれど俺の前から去ろうとしない近藤さんが、惚れてるからこそ恨めしい。
本庁で押し付けられてきたもんだってのは俺にだってわかってる。とっつぁんはずっと、いい年した組織の頭がひとりもんじゃ組織そのものが甘く見られる、箔がつかねえっつって、さんざん近藤さんに縁談を進めて来た。ゴリラありドライバーあり、ときにはまっとうな江戸の人間だったり、けれど相手が誰であれ、そのつど近藤さんは俺のために断り続けて来た。すると皮肉なことに、今度は俺に話が回ってきちまった。
だから近藤さんだって忌々しい思いでいるはずだ、なにも喜んで俺に見合い写真を持ち帰って来たわけじゃない。俺がこうして腹を立ててるのは大人げないうえに筋違いもいいとこだってことくらい、自分でもわかってる。
でも、本当はこんな写真、「トシは見合いなんてしねえ」と、とっつぁんにつっ返して欲しかった。それをしなかったのは、俺への話を自分が勝手に断るのは筋違いだっていう近藤さんなりの、そしてきわめてまっとうな考えからだ。それだってわかってる。
灰が落ちそうになり、灰皿にゆっくりと押し付けて火を消す。口の中がいがらっぽい。
「先に本音を言うのはずりいかもしれねえけど、俺はそんな縁談、トシに受けて欲しくねえよ。どんなにその写真の人がお妙さん並みにきれいな人だっつう事実があってもな。それからお前が真選組のためにとか、自分のため以外にこの縁談を受けようなんて思うなら、そんな必要もねえ。ただ、もしもお前が普通の男と同じように所帯持つことにほんの少しでも憧れがあるなら、縁談受けるななんて命令みたいなこと、俺には言えねえ。言いたくても言っちゃいけねえと思う」
近藤さんはそう言って俺に写真を手渡した。
…あんたは俺が、あんた以外の誰かと添い遂げることに憧れてると思ってんの?女と結婚したがってるとでも思ってんの?今まで俺の、なに見てきた。
それは全身から力が抜けてしまうような絶望感だった。怒りではなく、今まで近藤さんと築き上げて来た関係がいともあっけなく崩れてしまったような、激しい絶望感だった。
悪気のない近藤さんの言葉は、こうして俺を打ちのめした。そして思ってもないことを言わせた。
「いいぜ近藤さん、この縁談進めても。俺は構わねえよ」
近藤さんの顔がこわばった。
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