小説3

□離れる勇気をください 全10話
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先に口火を切ったのは近藤のほうだった。
「俺たち、何年一緒に暮らしてたんだろ。別にふたりで暮らしてたわけじゃねえが、武州でもここ江戸でも、ずっと同じ釜の飯を食ってきたんだな」
「あんたが俺を拾って以来、別々に暮らしたことはなかった」
「それが当たり前だと思ってたんだが」
「俺もだ」
それぞれ口に出した言葉の重さがこたえた。まだ木刀しか持てなかった時代、近藤の髪には髷があり、土方は長髪を高い位置で束ねていたあの時代から、ふたりは寝食をともにしてきた。互いの気持ちを知る前は飲み歩いて朝帰りしたり、色街に泊まったりすることもあったが、今はそれもない。出張で留守にすることがあっても、別々の仕事で顔を合わせる時間がなくても、戻ってくる場所はいつでも同じところだった。
徒歩や籠しか手段がなかった昔に比べ、今は江戸と京はさほど遠い距離ではない。日帰りで往復できるし、メールはもちろん、顔を見ながら電話で話すこともできる時代だ。遠距離というにはおこがましいほどだが、ふたりにとって距離の問題ではなかった。離れ離れに暮らす、自分の帰る場所に相手がいないということが、ほとんど非現実的だった。想像がつかなかった。
近藤は、土方が京で無理をしないかも心配だった。土地勘のない場所で面だけが割れている状態は、土方自身が狙われた際に江戸にいるときよりは明らかに不利だ。それに古参、新人の隊士たちが京での暮らしと仕事に慣れるまでにも気苦労が多いだろう。情報収集のための横のつながりも早急に構築する必要があるし、一時的に山崎を送るとしても、真選組の監察方筆頭を京に常駐させるわけにはいかない。
それに、京の女は色白の美人が多い。土方に色目を使う女も後を絶たないだろう。女の柔らかな体は近藤の固い筋肉で覆われた体よりもはるかに心地よいと土方が思い出してしまったら。誰にも言えないそんな危惧が近藤にはあった。
土方は土方で、今までほとんどひとりでこなしてきた細々とした実務をこれから誰が担うのか憂慮していた。近藤は大局を見極める能力はあるが、型にはまった書類をきっちりこなしていく事務的作業は苦手だった。今までは土方がそれらを一手に引き受けて来たから、隊務はうまく回っていたのだ。それに、近藤と土方が飴と鞭の役割分担を上手に果たしてきたからこそバランスが保たれていた真選組の秩序はどうなってしまうのか。
なによりも、自分がいなくなるとキャバクラへの出入りが頻繁になるのではないか、今まではそれも世間から真実を欺くための手段だと言っていたが、あの暴力女に本気になってはしまわないだろうかと考えると怖かった。あの女だけではない、見合いの話も途絶えることがないし、実のところ近藤は男からも慕われる。考えるほどに土方は不安が募った。
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