小説3

□俺はお前の過去を変えられないから 全2話
2ページ/2ページ

近藤に叱責されてうなだれた土方だが、頭の隅で小さな違和感も抱いていた。
土方は隊士の保護者ではない。体を酷使する職業柄、健康管理についてはうるさく指導してきたし、隊士たちも、自分の体をしっかり管理し常にその状態を把握することも仕事のひとつと心得ていた。初期の段階で病を発見できず手術にまで至った隊士には、その意識と緊張が欠けていた。本来もっとも責められるべきはなによりも本人のはずだ。
もちろん隊士の健康管理を掌っていた土方が責めを負うこと自体に不思議はない。けれど近藤の怒りにはどこかいつもと違った執拗さがあり、その執拗さの裏には普段の近藤には決してない暗さが漂っているような気がしたのだ。
(俺が言えた立場じゃねえが、そもそも近藤さん自身がわかってるはずなんだ、いちばん怒る相手が誰か。それがなぜ、俺に対してここまで感情を荒げるのか)
そのとき土方は近藤の拳がやけに硬く握られていることに気づき、殴りたいほど怒っているのかと驚き顔を上げた。しかしそこにはついさっきまでの怒りをはらんだ厳しさではなく、苦悩に耐えているかのごとく真一文字に口を結んだ顔があった。
「近藤さん?」
「もしも、もしもあいつが手遅れだったらどうした。お前はどれほど自分を責めた」
思いがけない言葉に土方は目を見開く。近藤はずっと耐えていた思いが噴き出したのか、有無を言わさぬ勢いで土方を引き寄せ抱きしめた。土方が息苦しくなるほどの強さだった。
「自分のせいだ、自分がもっと早くに気がついてたらと、どれほど責めた。俺はもう、ミツバ殿のときのようなお前を見るのは耐えられねえ」
(近藤さん)
土方はミツバの名が出たことで合点がいった。
(ああ、そうだったのか。そうだったんだ)
ミツバの死は土方のせいではない。けれど今も負い目がある。
長い間ひたむきなまでに思ってくれていたミツバの気持ちに応えるどころか、なんのためらいもなく近藤を選んで武州を去ったこと。そしておそらくミツバが、土方の思う相手が誰なのかわかっていたこと。ようやくいい縁が巡ってきたと思えば、相手の目当ては真選組だったこと。土方からしてみれば、ミツバの幸福でない部分にはことごとく自分が絡んでいた。だからこそ、その死には打ちのめされた。
あのとき、近藤は苦悩する土方をずっと隣で見ていたのだ。どんな思いで見ていたのか、それを考えたことがなかった。
「俺はお前を失うのが怖えが、それと同じほど、お前が大事に思う人間がいなくなっちまうのも怖え。あんなお前をもう見たくねえんだ、トシ」
(近藤さんは、俺以上に苦しんだのかもしれねえ。ミツバのときも、今回のことも)
胸が詰まった。近藤の自分に対する思いの深さ、強さが、不謹慎だといわれようがうれしかった。愛おしかった。
土方も近藤の背中に手を回す。
「悪かった、近藤さん。本当にごめん。こんな思い、二度とさせねえ」
返事の代わりなのか、近藤は土方の髪に顔を埋めて頬ずりした。それは土方の柔らかな髪の感触が大好きな近藤がよくやり、そのつど土方が「耳に顎鬚が当たってくすぐったい」と笑いながらこの上なく幸せを感じる仕草だった。
近藤はなかなか顔を上げようとしない。もしかしたら顔を見られたくないのかもしれない、土方は思った。愛おしさが増した。
「近藤さん、ごめんな」
もう一度詫びる。近藤の腕の力が強まった。それだけで土方には伝わった。


前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ