小説3

□退屈すぎて 全3話
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このままでは「真選組とは常に劇的なことが起こる映画のような世界」と新人が誤解しかねない。それに近藤と土方のことをあたかも勇者のように勘違いされても困る。しかしそんな山崎の焦燥など知る由もないふたりは、さらに話を続けた。
「じゃあトシ、おもしろいことはねえにしても、うれしかったこととかは?」
「うれしかったこと?うーん、なんかあったっけ…」
土方が少し考え込み、それから「あ」と言う。
「そういや今日あいつから手紙が来たんだ、受け取ったの夕方だから、まだ近藤さんに言ってなかったよな。去年足をやられて実家に帰った奴」
「木原か。義足の扱いもすっかり慣れただろうな」
「季節の変わり目は痛むらしいが、日常生活には不自由ないらしい。ここにいる頃から努力家だったから、きっとリハビリも相当頑張ったんだろう」
「そうか。攘夷浪士に襲撃されて両足やられたときは、一生車椅子だって病院で言われたのにな。大したもんだ」
「嫁をもらったんだと。うちからの退職金やら保険やらを元に、ふたりで小さな店を始めたって書いてあった」
「そうか。そりゃあよかった」
近藤がしみじみと言いながら何度か頷く。山崎は退職した木原を思い出した。剣の腕がよく一番隊の中でもかなりの使い手だったが、市中見廻りの最中に真選組を狙った浪士から狙撃され、真選組隊士として務めることができない体になった。退職して実家に引き揚げた後も、近藤と土方が木原の将来を案じて蔭ながら支援していることを山崎は知っていた。それゆえに第二の人生を歩み出した知らせは、ふたりにとって自分のことのようにうれしいのだろう。
「お前が次の幹部会議で木原を幹部に推薦したいって言ってた矢先の怪我だったからな。真選組としても大事な戦力を失ったが、なによりあいつが助かってよかった。しかも地元で新しい道を着実に進んでる。それ、ここ最近のなかで最高にいいニュースだな」
「だろ」
「ぱーっとおもしろいことなくて退屈なのはすこぶる残念だが、その知らせでチャラになった気がしてきた」
「…そう言われりゃそうだな」
「じゃあちょっと乾杯するか、めでたい話ってことで。どうする、外出るか、それとも俺の部屋で飲むか」
「近藤さんの部屋にしよう。ちょうど出羽桜があるんだ、持ってくよ」
「まじでか」
ふたりが立ち上がったのを機に、山崎は隊士の背中を黙って押し、足音を立てずにその場から去った。
(いま出て行ったらあまりによすぎるタイミングに、副長が「お前ら盗み聞きしてただろう」って絡んで来るに違いない。実際そうだし。それにしょうもない話からいい話へうまい具合に転がってくれたから、この隊士にとってもまあ結果オーライか)
別に俺がこうして両方に気を遣う話じゃないんだけどなんでこうなるの、そう心中で愚痴りつつ、山崎は感動と覚悟で高揚した顔つきの隊士を見てため息をつき、それから小さく笑った。
そんな山崎の苦労を知らない近藤と土方は晩酌すべく、いそいそと支度を始めた。

もちろん近藤と土方の言う「退屈な日常」はとてつもなく濃く、喜怒哀楽と危険と刺激に満ちている。それに気づいていないのは当人たちだけだ。



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