小説3

□退屈すぎて 全3話
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「そういや近藤さん、今日3階の窓から落ちたんだって?」
土方が煙を吐きながら言うと、近藤はしばらくなんのことかわからなかったようで考えていたが、やがて「あーあれか、うん」と頷いた。
「スリの現行犯を追っかけてたら取り壊し前の雑居ビルに逃げ込んでさあ。若いのに出入り口固めさせて俺が上まで行って縄かけたのはいいんだが、土壇場で馬鹿力出しやがって突き飛ばされた。なにも窓際で突き飛ばさなくたっていいのによ」
「よく怪我しなかったな」
「3階ってのが微妙だろ。死ぬような死なねえような。ちょうど下に幌付きのトラック止まってたからほら、ここ擦りむいただけ。な、ぱっとしねえだろ」
「そうだなあ。普通ビルから落ちるっつったらもうちょい絵になりそうなもんだ」
「だろ?」
(3階って10メートルの高さだぞなに言ってんのこの人たち!運がよかっただけだろ!)
山崎が心の中で激しく突っ込みを入れていると、再び会話が交わされ始めた。
「あ、トシ宛てに届いた予告状どうなった。確か今日くれえに斬られる予定じゃなかったっけ」
「殺害予告のか。ほんとに襲って来たぜ、外でマヨ丼食ってるときに」
「まじでか」
「むかっとしたよ、人の飯の邪魔しやがって。そもそも店ん中で太刀振り回しちゃ迷惑だし本人だって動きにくいっつの。馬鹿だぜそいつ、天井に切っ先引っかけて抜けなくなっちまってよ」
「そりゃあ間抜けな下手人だ」
ふたりは声をそろえて笑い、それから土方が「あ、でも」と付け足した。
「そいつの刀、毒が塗ってあった。捕縛して没収してからわかったんだけどな、当たったらちょっと危なかったな」
「ほかの客は無事だったのか」
「繁盛してねえ店で俺しかいなかったから大丈夫。でもなんであの店流行らねえのかな、マヨ丼すげえうまいんだぜ」
「ふーん…」
またしてもふたりは押し黙った。毒が塗られた刀で襲われても、やはりおもしろくないらしい。
「先週の動物園での騒動も、まあ珍しい部類には入るが、盛り上がりには欠けたよな」
「ライオンが檻から逃げちゃったやつか。でかくて迫力あったけど、飛び道具持ってるわけじゃねえしなあ。そういやライオンのぶっとい足、かわいかったなあ」
「だからってあんなにふらふら近づいちゃ危ねえだろ。あのライオン、近藤さんのこと怒ってたぞ。すげえうなりまくってた」
「ちゃんと檻に戻せたんだからいいじゃん。それも素手で格闘とかライオンを威圧してとかだったらかっこいいけど、渡されたのは麻酔針仕込んだ吹き矢だもんな。どうも冴えねえよ」
「それより俺はチーターの赤ちゃんの愛くるしさに感動した。でっかい猫って感じだったな」
「ああ、トシは仕事そっちのけでチーターの檻の前にへばりついてたよな。お前、俺がライオンと勝負してんの心配じゃなかったの?」
「だって近藤さんが吹き矢持ってる姿があまりに安定感あったっつか、心配しようがねえほど万全に見えたもんだから。実際そうだったろ?」
「まあな」
「なんで最近こんなに盛り上がりに欠けるんだ、俺らの毎日は」
(いいえ波乱万丈!)
山崎は再び心の中で激しく突っ込む。そしてこわごわ後ろを振り向いた。新人隊士の目は素敵な誤解でキラキラと輝いている。
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