小説3

□多分あれもこれも愛 全2話
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失われたマヨのことを思い出すと、悲しみで涙がにじむ。それと同時に、今は虚無感も広がりつつあった。
(あのメーカーはきっともうマヨを作らねえだろう。俺は永遠に味わうチャンスを失った。近藤さんがどんなに俺のためだって言っても、絶対に許さない。マヨネーズ工場以来だ、こんなに傷ついたの)
その近藤が朝部屋から追い出したきり見かけていないことに、土方はようやく気づいた。しかし土方の気持ちはやさぐれまくっている。
(…俺に怒られて家出?んなもん知るか。俺が家出したいわ!)
しかしその晩、近藤はとうとう戻ってこなかった。


(俺の大事な大事なマヨを捨てたのみならず、無断外泊かよ)
土方は最初、ただムカムカしていただけだった。しかし昼になり、夜になっても連絡の1本も入らない状況にいたり、ようやくマヨの恨みより心配のほうが大きくなった。
「なんで携帯の電源切ってんだ」
あるいは、まさかまたトラブルに巻き込まれているのだろうか。
隊士を動員して捜索を始めようかと腰を上げたときだった。
「トシ、入ってもいい?」
珍しく土方の部屋の前から近藤の声がした(普段は「トシー」と言うと同時に障子を開ける)。
無事帰って来たという安堵となにやってたんだ今までという腹立たしさと、そしてマヨの悲しみが再び胸に激しく湧き上がって来て、土方は乱暴に障子を開けた。
「え?」
そこにはかつて見たことがないほど疲労困憊した様子の近藤がいた。柱に手を置き体を支え、かろうじて立っているような状態だ。
「なに?どうした近藤さん」
驚いた土方に、「開けてくれてありがとう」とこれまた弱々しい声で言い、部屋に入ると崩れ落ちるように畳に座り込んだ。
「2日間で行って帰って来るってのはなかなかきついもんが…」
「どこ行ってたんだよ、誰にもなにも言わねえで、携帯もつながらねえし」
「悪かった、どうせ電話に出られる状況じゃなかったし。まあ目的は達成できたからよかった…はいこれ」
近藤が内ポケットから取り出し土方に差し出したのは、1枚のチケットだった。
「なにこ…おおっ!?」
「ヴォンカ社のマヨネーズ工場見学チケット。オークションで落札してきた。その工場だろ、トシが『ここには理想とするマヨ工場のすべてがある』って言ってたの」
「そそそ、そう、そうこの工場。ウンパルンパが!」
「マヨ作ってるってよ。その見学日が明日なんだよ。だからどうしても今日中に戻ってこねえといけなかったんでハードな日程に…これであのマヨ捨てたこと、許してくれる?」
土方は感動で口がきけない。はっきり言って、レア度からいけばこの工場見学チケットのほうがもっとレアだ。土方がずっと夢見てきた本物のマヨネーズ工場。近藤が江戸からはるか離れた場所で行われていたオークションで、そのチケットを落札してきてくれたのだ。土方のために!
なにも言わない土方に、近藤はこれでも機嫌を直してくれないかとため息をつきそうになったとき、ものすごい勢いで土方に抱きつかれた。
「うわっ」
「近藤さんありがとう、俺すげえうれしいすげえ幸せ、近藤さん惚れ直した、昨日はいろいろ言ってごめんな」
「俺こそトシがあそこまで頭がおかし…いや、ショックを受けるとは想像の範囲を超えてたから、悪かったな。捨てるにしろ一言言うべきだった(そうしたらお前は決して捨てるの許さなかっただろうけど)」
近藤の腕の中で土方はぶんぶんと首を振る。
「いいんだ、よく考えたら確かに危ねえよな死ぬ可能性のあるマヨなんて。それよりこのチケット、本当にいいの?俺、明日有休取っていいかな?」
「もちろん。楽しんどいで」
土方は満面の笑みで近藤の頬にキスをし(ものすごいサービスだ)、それから上気した顔でチケットをいつまでもガン見している。近藤はそっと部屋を出て自室に行った。
(とりあえず、トシの機嫌が直ってよかった…直り過ぎてちょっと突き抜けちまったようだけど、それはもう俺の力ではどうにもならねえ…)
そして朝まで死んだように眠った。合掌。


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