小説3

□好きだ 全7話
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「なんだよそれ」
土方は近藤の呟きに敏感に反応した。人に近藤との関係を言わないからと近藤への思いまで疑われるのは心外だ。
「俺の気持ちがわかんねえって、なんだよそれ」
「だってそうだろ」
近藤は土方から目を逸らさずに言う。
「お前の性格よくわかってるから、俺との関係を大っぴらにするつもりがねえことは理解できるしそのことを責めるつもりはねえ。でも俺の存在を無視するような発言を真横で聞かされ続けてみろ。俺はトシにとって邪魔なのかって思うようになる」
「ちょっと近藤さん」
あまりに的外れなことを言われ土方は抗議の声を上げた。けれど先を言おうとするよりも前に近藤の言葉が早く飛び出る。
「トシが俺に惚れてくれるとしてもそれを軽々しく口にする奴じゃねえってことはわかってる。でも俺、一体なんだよ。トシのなに?」
そのとき初めて土方は、自分の言動が近藤をひどく傷つけていたことに気づいた。近藤は怒っているのではなく傷ついているのだ。
土方にも言い分はある。けれど、本質はもっと単純で簡単なことなのかもしれないとも思う。
近藤は土方に問いかけはしたが、特に答えを期待していたわけではないようだった。ひとつため息をついて立ち上がり、もう土方のほうを見ようとはせずに「俺、教室戻るから」と言った。
もしかして近藤は土方の気持ちを誤解したまま離れていってしまうかもしれない。そう思った途端、土方の心臓はどくんといやな音を立てた。
(誤解されて別れるなんて冗談じゃねえ。あんたの気持ちを知るまで、俺の気持ちを伝えるまで、何年かかったと思ってんだ)
土方の心中の動揺など興味のない様子の近藤は、お気に入りのスペースから北風をさえぎるもののない屋上の広いスペースに出て、そこから階段に続くドアへ向かった。
「待てよ近藤さん」
土方の声を近藤は無視し、ドアに手をかけた。土方は焦る。
(ちょっと待てってば!勘違いすんなよ!)
「好きだ!」
近藤が立ち止まり、奇妙なことを耳にしたような顔をして土方を見た。恥ずかしがっている場合ではなかった。いま自分の気持ちをちゃんと言葉にしなければ、近藤はますます誤解してしまう。
「俺は、俺は近藤さんのことばっか考えている自分にしょっちゅう呆れてんだぞ、それくらいいつだってあんたのこと思ってんだ。こないだの引退試合で相手校の女の部長が近藤さんに携帯教えてくれって言ってきたの、そんであんたがほいほい教えてたの、どれだけ俺がむかついてたか知ってるか。俺なんか近藤さんが俺のこと思うよりよっぽど近藤さんのこと思ってる」
一気に言った。近藤は無表情のまま土方を見つめるだけで、なんの反応も示さない。土方はますます焦った。ついつい声が大きくなる。
「好きだ!」
もう一度叫んだ。すると近藤は金縛りが解けたかのようにつかつかと歩み寄り、がばりと土方を抱きしめた。
「なんだよトシお前…」
近藤が笑っているのか泣いているのかわからないような声を出す。
「それ反則だろ…」
そしていつものように土方の髪に顔を埋めた。
死ぬほど恥ずかしかったけれどなんとか難を逃れることができたのでは、そう土方は近藤の詰襟に鼻を押しつけながら思う。北風にさらされた学生服は冷たかったが、その内側の近藤の体の熱は確かに伝わってきた。
(ときには…口に出して言わねえとだめなんだな!)
ひとつ学んだ高校3年の冬。




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