小説3

□好きだ 全7話
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「隠してるって…当たり前だろ、言えるわけねえだろ」
土方は近藤の無茶な言い分に怒るよりも呆れて返す。
「俺もあんたも男だぞ、なんでそんな関係をぺらぺら人に話せるってんだ。あんたはみんなに言いふらしてホモだとかきもいだとか指さされて笑われてえのか」
「俺が言いたいのはそういうことじゃねえ。お前が俺とのことをひた隠しにすればするほど俺は惨めな気持ちになんだよ、わかんねえ?」
近藤の声には怒りだけでなく明らかに悲しみも混じっていて、それに気づいた土方は攻撃的な気持ちにブレーキがかかった。
「俺のことも否定されてるみてえで、一体俺はトシのなんなんだって思う」
「じゃあ近藤さんは人に聞かれて言えるのかよ、俺とのこと」
「言える。言ってる」
即答され、そうだったと土方は思い出す。近藤は人に今は誰が好きなのかとか(土方と思いを伝え合う前までは常に誰かしらに夢中だった、少なくとも表面上は)、付き合っている人はいるのかなどと聞かれるたびに「うん。トシ」と臆することなく答えていた。ただしそれを言うのが近藤だからか、周囲も「ああそっか、いつも一緒だもんなあ」などと笑って流し、誰も言葉通りの意味にとらえようとはしなかった。
土方には近藤のような勇気も度胸もないから、そんなふうには到底言えない。けれど近藤の言いたいことはなんとなくわかる。
人に言えないからといって近藤への思いが薄れたわけではないし(むしろその逆だ、土方は今でも日に日に近藤を好きになり続けている)、近藤をないがしろにしているつもりもない。ただ人には言えない、それだけのことだ。高校生の男同士が、剣道部の部長と副部長ができているなど、どうして自分の口から言えるだろう。好きな人や付き合ってる人はいるかと聞かれ「いる」と答えれば、かならず「それは誰か」というさらに突っ込んだ問いが畳みかけられる。かたくなに言うことを拒んでも、土方には誰かいるらしいという噂は広まる、尾ひれをつけて。その結果、どんなところからどんな形で近藤との関係がばれるとも限らない、ならばあらゆる質問に口を閉ざしているほうが賢明ではないか。そのほうが近藤との間に邪魔も入らない。だからこそ土方は問い詰められればられるほど回答を拒んできた。誤解されやすいが、これもまた土方の近藤に対する愛情表現だったし、近藤のことを大事に思うなによりもの証ともいえた。
けれど近藤には伝わらない。近藤からしてみれば、まるで自分と付き合っていることを土方はいけないことのように、恥ずかしいことのように扱っているとしか思えない。もともと自分の思いを口にすることが決してうまいとはいえない土方だから、なおさらその心の中が見えない。
「トシの気持ちがときどきわかんなくなる」
午後の授業が始まる予鈴が鳴った。
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