小説3

□好きだ 全7話
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「いいよ、俺に巻いたらあんたが寒くなんだろ」
そう言ったところで近藤が土方の首からマフラーを外すわけがないことはわかっているのに、照れ隠しに土方は憎まれ口を叩く。案の定近藤は笑って「俺は平気」と言った。
「トシの首のほうが細くて白いから」
「なんだよそれ…」
近藤のわけのわからない理屈を聞いた土方の顔はますます熱くなり、マフラーの中に顔を埋めた。すると近藤がおもむろに手を伸ばし、土方の結ばれた髪をマフラーの中からひょいと取り出した。
「髪も一緒に巻いてた。トシの髪が歩くごとに揺れんの、俺好きなんだよな」
そう言ってにこりと笑う近藤に、土方は何度目になるかわからない胸の痛みを覚える。
(だからそういうこと言うな。俺に変な期待させんな。もっともっと辛くなるだけなんだ、やめてくれ)
ならばなぜ近藤の元を離れず寝起きを共にしているのか。なぜまたやさしくして欲しいと願うのか。土方は女々しい自分がほとほと嫌になる。
歩調をわずかに緩め、近藤を後ろから眺める。
大きな背中。広い肩幅。軽々と荷物を持つ太い指。着物に隠れたたくましい肉体。髷からこぼれた細いおくれ毛が風になびいている。土方はそのおくれ毛をじっと見つめる。
風呂上がりに髪を無造作に下ろしているとき、あるいはその髪を土方よりも低い位置でひとつに束ねているときの近藤を目にすると、土方の胸ははしたないほど高鳴った。自分よりも体の大きな男の近藤に欲情していることにうろたえ、そんな自分を否定するために急いで女を抱いたこともある。
近藤が近藤である限り、自分はこの思いから逃れることはできないのだ。土方は結局、いつもと同じ結論にたどりつく。
(近藤さん。俺は、あんたを)
風がいっそう強くなり、耳がきんと痛くなる。
「好きだ」
土方の言葉は風に乗って後ろに流れていき、近藤には届かない。風下から風上に向かってしか発することのできない自分の思いが不憫で、土方は猛烈に悲しみが込み上げた。そのとき近藤が振り返り、土方を見て驚いた顔をした。
「どうしたトシ」
「なんでもねえ」
土方は目をごしごしとこすって下を向く。
「でも」
「目にゴミが入った」
「ああ、今の風で」
近藤は納得したようだった。土方の顔を覗き込んで「こすっちゃだめだ。見てやろうか?」と言ったが、土方は「もう大丈夫」といい、いつもの顔をして「悪りぃ、早く帰ろう」と近藤の背をぽんと叩いた。
近藤は促されるままに再び歩き出す。片目にゴミが入ると涙は両目から出るものなのだろうか、それとも両目同時にゴミが入るということはあるんだろうか、そんな腑に落ちない思いを抱きながら。
土方は近藤の隣を歩く。もう一度風に乗せ、自分が傷つくことをうっかり言わないように。届かないから言える言葉など、言う必要ない。
近藤のマフラーに顔を埋める。そのときだけ、冷え切った胸がじんとあたたまった。
武州の冬の寒さは身にしみる。



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