小説3

□離れる勇気をください 全10話
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真選組の屯所を京にも構えるという話は、これまでも何度か出ていた。だが予算がつかないだの、見廻り組がごねているだの、江戸の警備が手薄になるだのもろもろの理由で、浮かんでは消えて来た話だった。
しかし今回、何度目になるか、その話が上がったときは、これまでと様子が違った。話が具体的に動き出したのだ。
「どうなってんだ、今になってとんとん拍子に話が進むなんて」
「さあな。お偉いさんの考えることはよくわからねえ。なんかの駒に使われてるとしたらたまんねえが、かといって俺たち公務員だしなあ」
会議を終えて本庁から帰る途上、土方の問いかけに、近藤は少し間延びした調子で返した。こんな大変な事態になに呑気な声を出してるんだと、土方は少しいらっとする。
「近藤さん。京の屯所はこっちの3分の2程度の規模でスタートって案になってるが、つまり隊士の数が今の7割近くいきなり増えることになるんだぞ。その教育だってしなくちゃならねえ、幹部に昇格させる隊士の選考もしねえと。なにより江戸残留組と京移転組もバランスよくわけなくちゃならねえ。そういうもろもろをこの先数か月でやれなんて無茶ぶりもいいとこだ」
「その代わりあのケチな財務が大盤振る舞いしたけどな。特急料金ってことなんだろう」
ふたりは運転手を帰らせて、川沿いの道を歩いていた。
「俺たちの意思はまったく考慮されねえまま、計画だけが進んでいくのも気に入らねえ」
土方は火を付けた煙草を深々と吸う。近藤は「しょうがねえ」と言った。
「上の言うことにたてついてばかりじゃ、真選組そのものの存続が危うくなる。今回も俺たちの仕事ぶりが認められたからこそ出てきた話だってこと、トシだってわかってるだろ。京で新しい組織を発足させるのでもなく見廻り組に任すのでもなく、真選組が選ばれたってのは、それだけ実力を認められてるってことだ」
「いくら組織が大きくなるといっても増員分は経験のねえ新隊士、そんなのが混じる分、江戸残留組の錬度も低下は避けられねえ。京にいたっては土地勘のねえ場所、どんな場所に攘夷浪士が潜んでいるかといった情報網も1から築かなくちゃならねえ」
「新しいことを始めるときにそういう苦労はつきものだ。プラスの面にも目を向けろ」
噛み合っているようないないような、どこか心ここにあらずといったふたりの会話がぼそぼそと続く。文句ばかり並べる土方と、それを説得力のない言葉でなだめる近藤。芯の通った話し合いになっていないのは、それぞれの胸中で引っかかっていることのせいだった。
真選組が京にも屯所を構えることになれば、京の局長は土方が務めることになる。流れからいけば、それがもっとも自然だった。実際、ついさっきの会議で、幕臣からもそれを通達された。真選組結成時からの局長である近藤は真選組の象徴でもあるので、江戸から離れてもらうわけにはいかない。かといって新しい京の屯所も真選組の隊務を熟知し、なおかつ不慣れな土地で新隊士をも率いていく力のある人間がトップに立つべきだと。おのずと矛先は土方に向いた。
離れ離れになる。武州から何年も何年も、ひとつ屋根の下で寝食を共にしてきたふたりが。
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