小説3

□花
1ページ/1ページ

土方が書類を渡すために隣の部屋をひょいとのぞくと、そこに近藤の姿はなかった。つい先ほどまでは気配がしていたので厠にでも行ったのかなと思ったとき、風に乗って近藤の声がかすかに聞こえた。どうやら庭にいるらしい。
(なにやってんだろ)
サンダルを引っかけ、土方も庭に出る。玄関付近は隊士たちが集合する広場的な役割を果たしているので植木は飾り程度だが、屯所の最奥にある近藤や土方の部屋の前まで来ると、目隠しも兼ねてそれなりに庭らしい体裁が整っている。ただしその手入れは季節ごとにやってくる庭師にまかせきりで、土方は花木の名前をろくに知らない。
「ほんとお前たちは居心地のいい場所を見つけるのがうまいなあ」
近藤の声の聞こえる方へ足を進める。ふたりの部屋から直接は見えない側面に、さほど広くはないが風通しのいい一角があった。夏にはまだ早いが日差しの強い今日のような午後を過ごすにはもってこいの場所だ。しゃがみこんでいる近藤に、とらちゃんとシバくんが喜んでじゃれている。その脇には女の手ほどもありそうな大輪の花が咲き誇っていた。
「よおトシ」
近藤が土方に気づき、振り返って笑顔を見せる。
「でけえ花だな。牡丹みてえ」
「芍薬だよ。咲いてる期間が短いから去年は見逃したが、今年はこいつらのおかげで満開を拝めたな」
足元でたわむれている2匹をくしゃりと撫で、立ち上がりながら近藤が言った。
部屋の目と鼻の先にあったとはいえ、ほんの数日間で散ってしまう花を確実に愛でることができるほど、ふたりの日常にゆとりや余裕があるわけではない。近藤も庭に出るのはもっぱら素振りのため、土方にいたっては庭は単なる「屯所を護る装備のひとつ」程度の意識だ。
それでもこうして華やかに咲く芍薬は、確かに美しいと土方も思った。
「でかいわりにはふてぶてしさがない、なんかちょっとはかなげな花だな」
「だろ。俺、好きなんだよな芍薬。植えてくれって頼んだの俺だもん」
「まじでか。いつの間に」
「おととし」
近藤のことをくまなく知っているようで、まだこうして新しい発見があることに、土方は新鮮な驚きを覚えた。
「近藤さんっていうとなんだかひまわりのイメージだけど。それじゃ短絡的かな」
「えー、俺ひまわり苦手。種が気持ち悪い」
またしても初耳だ。そのわかりやすい理由に土方は思わず笑う。
「そうか、種がだめか。ところで近藤さん、ここでなにしてたんだ。花を見に来たのか」
「そうだ、のんびりしてる場合じゃねえんだった、動物病院が閉まっちまう。こいつらにマイクロチップ付けようと思って。万が一はぐれたうえに首輪が外れちまったとき、頼りになるのはやっぱマイクロチップだろ」
「あー…それは必要ねえ」
「え、なんで?俺の金でやるんだからいいだろ」
「もうやってある」
近藤はきまり悪そうな土方をまじまじと見る。口では屯所に犬猫はいらないと相変わらず言っている土方が、近藤よりも先に2匹を病院へ連れて行っていたことが、うれしいやらおかしいやら愛しいやら、とにかく愉快でたまらない。
「よし、じゃあ日が暮れたら飲みに行こう。今夜は俺のおごりだ」
近藤は土方の肩を叩いて楽しげに言った。土方は照れを隠すあまりむすっとした顔をして、けれど小さくこくりと頷いた。
足元では相変わらずとらちゃんとシバくんがふたりの隊服に毛をなすりつけ、芍薬は大きな花を風にそよがせている。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ