小説3

□盤石の夫婦 全2話
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今年の冬は例年よりも寒さが厳しい。江戸の中心部では久しく見かけなかった霜柱も、最近は屯所の庭のあちこちに立つ。それが珍しいのか、シバくんは肉球の冷えるのも気にせず庭をとことこ楽しげに歩き回っている。寒さが苦手なとらちゃんはそんなシバくんを尻目に、今年も過保護な隊士たちがしつらえた物置最奥にあるマイクロファイバーのベッドでぬくぬくと丸くなっている。
真選組の隊服にも外套はあるが、いざというときの動きが鈍くなるといけないと、不動の時間が長い警備のときなどを除いて身に付ける者は少ない。着るために支給されているものなのに着られないのはおかしいと不満を言う隊士もいない。
真選組結成時、局長の隊服のみほかの幹部と区別化するため上着の丈を長くするという話があった。しかし抜刀しにくく立ち回りに邪魔だと、近藤は即座に断ったという。近藤の口からその話を聞いた者は誰もいなかったが、その場を見ていた土方がなぜか得意気に入隊してくる隊士へいちいち話したので、知らない者はいなかった。局長という地位を誰から見ても一目瞭然としようという提案をためらわず断る、そんな男が真選組の大将なのだ、その下で働く者が寒いからと安易に外套を着込み、任務に支障をきたすようなことがあってはならない。隊士たちはみなそう思っていた(ただし、ヒートテック関連の肌着情報については誰もが異常に詳しくなった)。
今夜も北風の吹くなか、夜勤の隊士が市中見廻りに出て行く。
この日の近藤と土方は日中の見廻りを終え、珍しく早い時間に書類仕事も終え、久しぶりに一緒にくつろいでいた。
食事も風呂も済ませたふたりは近藤の部屋でちびりちびりと飲みながらテレビを見ている。正確に言えば食い入るようにかぶりつきで見ているのは土方だけだ。土方の「久しぶりに近藤さんと一緒にいられる夜だけど俺の部屋のDVD壊れてて録画できないからリアルタイムで見るしかない、だから近藤さんの部屋で見たい、そうすれば近藤さんともいられるし兄貴も見られるし」というさりげなくわがままな申し出を受け入れたせいで、近藤は暇だ。
土方は竹内さんという人が活躍をする映画を「地上波初だよこれ」とときおり独り言を呟きながら凝視し、近藤はあまりに退屈で、土方の膝枕で天井の木目の模様を眺めている。この状態ですでにそれなりの時間が経っているが、土方はミナミの帝王の活躍に夢中で、足が痺れることもないらしい。近藤はいい加減、天井の木目を人やモノに見立てるのに飽きて、仰向けのまま器用に湯呑を傾け酒を飲む。
部屋にはテレビから響く音しかせず、ふたりの間に会話は交わされない。それでも平和だった。その平和なひとときを意図せず邪魔する人間といえばひとりしかない(意図して邪魔する人間ならばいる)。
土方に報告があり「うーさぶい」と廊下を小走りにやってきた山崎は、土方が自室にいないことに気づくと、ごく当たり前の様子でその先にある近藤の部屋に向かう。けれどいきなり障子を開けたりはしない。そんなことをしたら近藤も土方も困るかもしれないし、もっと困ることになるのはこの自分だと山崎は常々思っているからだ。
 声をかける前に気配を殺して耳を澄ませば、テレビから流れる音が山崎の耳にも届く。けれどふたりの声は聞こえない。
(ええええええ、俺タイミング悪すぎ?)
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