小説3

□もはや威風堂々 全9話
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目の前で黙々と仕事をしている土方の端正な顔を、近藤はまじまじと見つめる。
正面を向いていればその顔のよさが際立つし、横顔もさまになる。上を向いていてもうつむいても、なぜか絵になる。仏頂面に等しい普段の表情も不思議と似合って、人によっては恐怖心よりも陶酔感を味わうだろう。
つまり、もてる。土方自身はどうも意識していないようだが、現実には男にも女にももてる。男にもてるのが表だって目立たないのは、土方に惚れた男が土方の腕力に叶わないので、実力行使に出ることができないせいだ。激情のままに襲いかかったら、まず間違いなく斬られる。言葉だけで思いを伝えたとしても、下手したら斬られる可能性がある。土方に惚れるのは命がけなのだ。
(そんだけもてるのに、なんでこいつは)
近藤は書面を追ってかすかに揺れる土方のまつげを凝視しながら考える。
(俺に対していつもいつも自信がねえんだろ。俺はこの世でトシがいちばん好きなのに。昔からその気持ちは不動で、未来に絶対なんてねえけど、それでもおそらく生涯トシ以上に惚れる相手は出てこねえだろうと思うほど惚れ込んでて、そしてその気持ちを何年間も散々伝えてきたにも関わらず。トシは俺に惚れられてるってことに自信を持たねえ)
事実だった。土方の負い目、引け目というものは根深かった。しかもその根底には同性であるという抗いようのない事実があったから、なおさら改善を望むことは難しかった。
土方は、近藤に対する思いが友情を通り越した生々しい感情であることをはるか昔に自覚して以来、「男のくせに男に惚れた」「男のくせに男に欲情している」と自分を責め、蔑んだ。
晴れて近藤と思いが通じあってからは「男の俺が近藤さんの男としての幸せを奪ってる」「近藤さんに惚れた女ができればいつでも捨てられる」といった激しい固定観念が、ほとんど土方の人格の一部と化している。どれほど近藤がお前だけだと心の底から訴えても、土方はいつだって自信がなかった。些細な出来事ひとつで、近藤に思われているという自分の立場などいともたやすく消え去ってしまうという思いを、常に抱いていた。
土方がそう考えていることが近藤にとっては根っこの部分で信じてもらえていないようで面白くなかったし、そもそもこれだけ周囲を惹き付ける魅力のある男が自分のことを過小評価するのもほどがあると思っていた。
「さてと」
近藤は自分の担当分の仕事を終えていなかったが腰を上げた。続きは明日やればいい、急ぎの仕事ではないのだから。
「俺、出かけるから。トシもほどほどにしろよ、この書類の提出、週末でいいんだろ?あんまり根詰めるなよ」
土方は顔を上げてぼそりと言った。
「どこ行くんだ」
「ん?お妙さんとこ。今月一度も顏出してねえんだもん、先月入れたボトル捨てられちゃう」
普通ボトルキープって3か月だよなあ、お妙さんルール厳しいよなあ、そんなことを陽気に言いながら近藤が羽織を手にしたときだった。本能で危険を察知し、近藤はほとんど無意識に体を反らせる。投げ飛ばされた文鎮が鈍い音を立てて壁に亀裂を作り、それから床へぼとりと落ちた。
「…え?」
近藤はいま起きたことがうまく理解できなかった。
(え?なに?トシが、俺に、文鎮投げた?俺の頭に向かって、文鎮投げた?)
間抜けな顔で振り返ると、怒りで顔を真っ赤にした土方が仁王立ちしていた。
「俺がいるのに、俺がいるのに、なんでそんな店行くんだよ!」
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