小説3

□退屈すぎて 全3話
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先日採用された新隊士が、日が暮れてから屯所に到着した。着任は明日からの予定だが、気持ちが急いて早く来てしまったという。たまたま玄関近くにいて応対した山崎が、正式な入隊式の前夜に局長、副長へ一言挨拶しておきたいと言う隊士のリクエストに応じ、屯所の最奥へと誘った。
最後の角を曲がれば土方の部屋と近藤の部屋というところで、山崎は監察方らしい勘を働かせて足を止める。不審に思った隊士が何事かと声をかけようとしたが、山崎はしっ、と唇に指を当てて制した。それからほんの少しだけ頭を出し、曲がり角の先をのぞいた。
案の定、廊下に腰掛けて庭を見ている土方の隣へ、近藤が「どうしたトシ」と言ってまさに座ったところだった。
ふたりは山崎に気づいていない。ほとんど条件反射的に山崎は柱に頭を引っ込め、どうしようかと迷った。
(明日が正式入隊って隊士にいきなり変な話聞かせたら、このまま家に帰っちゃったりして…困ったな)
山崎が思う変な話というのは、もちろん近藤と土方のきわめてプライベートな話題だ。
(いや、それはほかの隊士でも普通にまずいんだけど)
改めて出直そうと隊士を促そうと後ろを向くと、隊士は全身耳状態で廊下の先に神経を集中させている。なに盗聴モードに入ってんだよと叱ろうとした矢先、ふたりの会話が否応なしに聞こえてきた。
「珍しく冴えねえ顔してんなあ。なんかあったのか」
「いや、なんにもねえから逆につまんねえ。最近どうもぱっとしねえんだ」
土方はつまらなそうな顔で煙草を取り出し、自分が風下にいることをさりげなく確認してから火を付けた。
「この間の捕物は事前の情報じゃ久々に大がかりなもんになりそうだったのに、行ってみりゃ奴ら最初から丸腰で白旗だろ。こっちは防弾ベストまで着込んでたんだぜ」
「抵抗なく捕縛できりゃ、それにこしたことねえじゃん」
「近藤さんだってつまんなそうな顔して、意味なく虎徹ぶんぶん振り回してたじゃねえか。おかげでうっかり隊士斬りそうになっちまって」
「そうだ、あれは危なかった。あいつに悪りぃことした」
近藤が思い出して笑い、それから「そういや」と思い出したように言った。
「言われてみれば、俺も最近面白いことねえなあ。こないだ久しぶりにお妙さんとこ行ったらその日に限って休んでるし、珍しくトシとかぶった休みはとっつぁんのゴルフに付き合わされるし。それにそうだ、昨日の夕飯の鯵フライ、俺のだけタルタルソースかかってなかったんだぜ。むかついた」
「そりゃあんたが前に鯵フライはレモン醤油で食うのがうまいっておばちゃんに言ったからだろ」
「でもみんながタルタル超うめえとか言ってんの聞くと俺も食いたくなるじゃん。それにトシだってタルタルはマヨじゃねえ勝手にかけんなって怒ってたじゃねえか」
「…まあタルタルの話はもういいだろ」
「…そうだな。うん」
ふたりは黙り、揃ってつまらなそうな顔で暗くなった庭を眺めた。山崎は今の決して知的とは言えないふたりの会話を新人がどう感じたか、不安になった。恐る恐る背後を見れば、意外にも新隊士は神妙な顔で聞き入っている。
「はあ、ほんと最近面白くねえなあ。なんかぱーっとにぎやかなことねえかなあ」
土方のぼやきに近藤が頷くのを見て、山崎はこのふたりにとっては危険な捕物も「ぱーっとにぎやかなこと」なのかと頭が痛くなった。
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