小説3

□勝ってる
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市中見廻りから屯所へ戻り、平隊士たちに呼び止められとひとしきり雑談で盛り上がってから、近藤は自室へと向かった。今日の隊務はこれで終わりだから、よほどの事件でもない限り明朝まで自由の身だ。今日は早番だった土方はもしかしたらすでに部屋にいて、支度を整えているかもしれない。そう思うと、近藤の足はおのずと早足になった。
「お帰り。お疲れさん」
案の定、近藤が自分の部屋の手前にある土方の部屋をひょいとのぞくと、外出用の着物に着替えた土方が文机に向かっていた。
「ただいま。悪りぃな、待たせたか」
「いや。この時間に戻ってこられたんだから、あんたの市中見廻りはちゃんと定時に終わったってこ…なんだその袋」
「あ、これ?」
土方が指さしたのは、近藤が手にしている紙袋だ。
「なんかいろいろ入ってるよ、プレゼント」
「…プレゼントって、誕生日の?誰から?」
「えーと、最初は見廻りんときに旭町の団子屋のおばちゃんにもらって、そこでちょっとおしゃべりしてたら隣のうどん屋のおばちゃんがくれて、それからかぶき町に入ってからは恵比寿屋のおかみさんでしょ、あと知らない人」
「知らない人?」
「うん。なんか歩いてたら急に『お誕生日おめでとうございます』ってプレゼント差し出して行っちゃった。あとはいま屯所に戻って来てから談話室で隊士たちにもらったやつ」
まだなんかあったっけと紙袋をごそごそ探っている近藤に、土方が心もち冷たい声で問う。
「そんなにたくさんの人に自分の誕生日がいつか言いふらしてんのか」
「え?全然言ってねえよ?だから俺も不思議、なんで俺の誕生日知ってんだろうって毎年思うんだよな」
「毎年!?」
土方は思わず聞き返した。自分の知らぬ間に近藤がこれほど多くの誕生日プレゼントをもらっていたとは。
「うん。今年くれた人は去年もみんなくれた。ああ、知らない人は今年初めてだけど。別に隠してたわけじゃねえから、トシが気がつかなかっただけじゃね。隊士がくれんのはともかく市井の人から公務員がなんかもらうのはいけないんだって一度は断るんだけど、賄賂になるような金目のもんじゃないし見返りなんて期待してないから安心しろって半ば強引にくれるんだよな」
 近藤はやりとりしたときのことを思い出したのか、ちょっとおかしそうに笑った。土方のこめかみがぴきりと引きつる。
「まったく油断も隙もありゃしねえ…」
「え?なに?」
小さな呟きは近藤の耳に届かなかったようで、聞き返されるが土方は無視する。
(平隊士に慕われるのはいいことだが、なにも誕生日調べてプレゼントまで贈ることねえだろ、どんな下心持ってんだかあいつら。それに市中見廻りのときにもらってったのは、全部商売人か)
それなら話はわかる。江戸の治安の安定は商売繁盛に直結するから、近藤へ日頃の感謝と今後もよろしく的な思いを込めてプレゼントしたのだろう。しかし。
「知らない人ってなんだ。知らない人がなんで近藤さんの誕生日知ってんだ。それは男か女か、若いのか年増か」
土方の詰問するような口調を近藤は特に気にしている様子もなく(しかし若い隊士なら間違いなく震えあがる程度の迫力はある)、「若い女」とあっさり言った。そして「最初は」と付け加えた。
「は?」
「最初の知らない人は若い女。次の知らない人は若い男。どっかで見たことがあるような気がするから、幕臣の息子とかかもしれねえなあ。名前聞こうと思ったら、走って逃げちゃったから」
「それ、攘夷浪士かもしれねえだろ」
「そりゃねえよ。だって走って逃げた先に黒塗りの車が止まってて、運転手が『ぼっちゃま早く』とか言ってドア開けてたもん」
「どこの深窓の子息に惚れられてんだよ!」
「え?なに?なに急に怒ってんの?」
近藤は怪訝な顔をして紙袋を持ち直し、「急いで着替えるからちょっと待ってて」と言った。
「店、予約してくれてんだろ。あんまりのんびりしてると遅れちまう」
「…」
その悪気のなさ、無邪気さがときに俺を激しく傷つけ不安にさせんだぞと、土方は心中で毒づく。今しがた土方にどれほどのダメージを与えたか、近藤はわかっているのだろうか。
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