小説3

□いちばん悪いのは誰 全1話
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「なかなか腫れが引かねえな。骨までいってねえから、もっと早く快復すると思ってたんだが」
少々険しい顔をしている近藤と目が合わないよう、土方がうつむく。
非番の日にごくごく普通の階段で足を踏み外し前のめりに転倒した土方は、翌日からの隊務に支障をきたすほどの負傷をした。幸い骨折はしていなかったものの、両足の膝からくるぶしまで腫れあがった足では、市中見廻りなどかなうはずもない。斬られても撃たれてもいないのに、ただ階段から落ちただけなのに、隊務に影響を与えてしまったことを土方は恥じていた。しかも非番の日の負傷。いつもはやさしい近藤ですら、今回ばかりはあまりに不注意だと土方をいなした(もちろん傷の具合を確認してからだったが)。そのことがますます土方を落ち込ませた。
正座も胡坐もかけないので、足をびよーんと伸ばしたなんとも間抜けな格好で、土方は近藤と向かい合っている。近藤は足首の湿布を貼り替えると(足を曲げにくいので自分ではうまく貼れないのだ)、厳しい表情とはうらはらに丁寧な手つきで、土方の足をそっと畳に下ろした。
「ねんざは動かさないで安静にしていることがいちばんの治療だからな、もうしばらく書類仕事だけで辛抱するんだな。どうせなら俺の分もやって」
なんで俺がと言い返してこないところを見ると、十分過ぎるほど反省しているらしい。そんなことを思いつつ、近藤は土方の部屋を出た。
(非番の日に怪我したって聞いたから、最初は攘夷浪士に狙われたのかと心臓が止まる思いしたってえのに、ふたを開ければ階段から落ちたとは。まったくトシらしくねえ、それじゃなくても今週は同行してもらいてえ会議や接待がてんこ盛りだったんだよな)
命にも骨にも別条がなく後遺症の心配もないと安堵した後は、ついつい愚痴りそうになる。けれどそれは男らしくないので、ぐっとこらえている。けれどちょいちょい態度や言葉尻に出てしまっているので、土方はさぞ落ち込んでいることだろう。
廊下を歩いていると、ちょうど庭の片隅で沖田が銅像のようなものに向かい、なにやら真剣な表情で手を合わせている場面に遭遇した。沖田が神仏に祈る姿を見るのは(神仏かは不明だが)初めてだったので、興味を持った近藤はそちらへ足を向ける。
「おぶりがーどだんにゃばーどおーくんしゅくらん偉大なるでいだらぼっちさま。頭がかち割れるという第1希望、骨が粉々になるという第2希望などは叶えていただけず両足ねんざというゆるすぎる結果ではありやすが、それなりのダメージは与えられたということで、でいだらぼっちさまの偉大なるお力に感謝しやす」
(お、おぶり?でいだら?なんの黒魔術?)
近藤はぎょっとし、それから沖田がいま発した内容に気づき、さらにぎょっとした。
「えー、つきましてはもうひとつお願いを聞いていただきたく。土方さんの足のねんざがなかなか快復せず副長としての責務を果たせず、その職を解かれ」
「そ〜う〜ご〜!」
「やべ」
背中に近藤の怒りオーラを浴びた沖田は祈りを中断し、銅像を手にしてその場から脱兎のごとく走り去る。
「待ちなさい総悟!お前はまたそういうことを!」
その背中に向かって怒鳴ったものの、沖田が立ち止まるわけはない。近藤は大きく息を吐き、土方の意味不明な転倒の理由を悟った。
「総悟の魔術かよ、まったくもう…ああっ!」
近藤は思わず悲鳴のような声を上げた。
不注意だ、漫然としているからだ、今週は忙しいのに。そんな言葉を近藤は土方に投げてしまった。土方は一切言い返さず、ただじっとうつむいていた。
(トシ、悪くないのに!総悟の呪いだったのに!)
「トシィィィィ!ごめんごめんごめん、許せ俺が悪かった!」
叫びながら近藤は土方の部屋へダッシュする。部屋で少し涙目になっていた土方は、慌てて目尻を拭って顔を上げた。



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