小説2

□蛍 全12話
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「局長。お客人がお見えです。お通ししますか?」
「客人?誰?」
「中野健介さんとおっしゃる方です」
名前を聞いた近藤は、持っていた筆を置いて顔を上げた。
「お通ししろ、すぐ行く」
「はい」
近藤は立ち上がり、鏡でマフラーをちょっと直してからハンガーにかけていた上着をはおる。
(健介か、懐かしいな。何年ぶりだろ)
中野健介とは、近藤が武州で道場を営んでいたときの門下生だ。剣の筋がいいだけでなく、誰とでも分け隔てなく接する大らかな性格が老若男女問わず慕われ、幼かった気難しい沖田ですら中野にはなついていた。病弱な父親の療養のため遠方に引っ越すことになり道場を去った後のことは、ときおり風の噂で聞いていた。父親が亡くなってから長男として弟妹の面倒を見つつ苦学を重ね、社員は自分ひとりだけの会社を立ち上げ、今では幕府の依頼を受けるほど大きな組織にまで成長させたという。
(あいつはなにかを成すっていう気概があったもんな、大会社の社長になったと言っても特に驚きはねえな。でもなんの会社やってんだっけ、忘れた)
そんなことを考えながら応接間の襖を開けると、懐かしい顔が満面の笑みを浮かべていた。
「近藤さん、ご無沙汰してます!」
「おお健介、久しぶり!相変わらず無駄にかっこいいな」
互いの顔を見ただけで、時間があっという間に武州時代に遡ったかのようだ。今でこそ近藤は真選組の隊服を身にまとい、中野は越後上布の上質な着物を上品に着こなしているものの、道場でのふたりはいつも散々着込んで色あせした稽古着で日々汗を流していたのだった。
「近藤さんこそ、ときおりニュースで姿を目にすることはありましたけど、こうして短髪洋装の姿を目の当たりにするとすごく新鮮です。似合ってますね、隊服」
「そうか?」
ふたりは若い隊士が運んできた茶を飲みつつ話を続ける。
「江戸に住まいを移したのは去年なんですが、すっかりご挨拶が遅くなってしまってすみませんでした。住まいだけじゃなくて会社もこっちを拠点にしたんで、ずっとごたごたしてて」
「そういやお前、会社立ち上げてあっという間に大きくしたってのは耳にしてたけど、なんの会社?」
「警備会社です。真選組が護衛するほどではないけどそれなりに地位のある人や現金輸送車の護衛をしたり、両替商や四越とかの警備したり。要はガードマンからSPまで引き受ける民間の警備会社です」
「ああ、そりゃいいところに目を付けたな。職にあぶれた腕のいい浪人を雇用できるだろ」
「そうなんですよ。だから顧客に信用してもらえて、なんとかここまでやってこられました。幕府のほうも警備にまで回す人手は補いきれないってことで、うちにも仕事をくれるようになったんです。だから今後、近藤さんたちと顔合わせするような場面が出てくるかもしれないですね。あ、もちろん俺たちは警察じゃないですからただ警護するだけで、真選組の任務をサポートするってことはできないですけど」
「いやいや、現場の野次馬下げてくれるだけでも大助かりだよ。それにお前と一緒に仕事ができるなんて、俺としては心強いね」
「近藤さんにそう言っていただけるとうれしいです」
中野は実にうれしそうな笑顔を見せた。
「ところで近藤さん、この屯所で暮らしてるんですか?所帯、まだ持ってないんですか?」
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