小説2

□ご機嫌な人と不機嫌な人 全1話
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(最近、副長の機嫌がいい)
ほとんどの隊士は気づいていなかったが、土方のかすかな変化に山崎は気づいていた。
眉間のしわが、いつもよりうすい。沖田のちょっかいにもいちいちむきになって相手をせず、軽く受け流している。山崎が水面下で調べていた攘夷浪士が地球外逃亡を図ったと聞いたときも、そういうことならしょうがねえな、お前のせいじゃないから気にすんなと非難どころか励ましさえした。機嫌の悪いときに同じ報告をしたとしたら、どんな罵詈雑言と理不尽な鉄拳が降り注いだことだろう。昨夜、風呂場から出てきた土方とちょうどすれ違ったときは、なんと鼻歌まで歌っていた。山崎は土方の機嫌がいいことを喜ぶよりも、むしろ不気味さを感じた。
(副長が鼻歌って…トッシーならまだしも、ばりばり副長だし。副長がそこまでご機嫌になるとしたら、理由はひとつしか考えられない)
すなわち、近藤との間にとてもいいことがあったはずなのだ。おそらくこの推測は間違っていないだろうと山崎は思う。しかし腑に落ちないのは、ご機嫌な土方に相反して、近藤は苦虫を噛み潰したような顔をしているときが多いということだ。
ふたりが業務上の会話を交わしている姿は、いつもとなんら変わらない。食事の際も隣同士に座り、ごく普通に会話を交わしている。そんなときも土方はいつもより心もち笑顔率が高い。一方の近藤は、土方といるときですら、会話が途切れた瞬間にむすっとした顔をする。
(どうなってんだ?局長があんだけ機嫌悪いと、いつもの副長ならそれをフォローするのが自然な流れなのに、局長の機嫌の悪さをまるで気にしてる様子がない。なんでだ?)
山崎はじっと考え、それから「あ」と気づく。
(局長、ここんとこ全然姐さんのとこ行ってない。そっか、それで副長はご機嫌で局長は不機嫌なのか。きっとなんかふたりの間でやりとりがあって、局長がキャバクラ禁止令でも発令されたんだろう。なるほどね、納得納得)
そのとき、近藤がむっつり口をへの字にして廊下の角を曲がって来た。山崎はちょうど近藤のもとへ行こうとしていたところだったので、用件を伝えようと近藤に声をかけた。
「局長、ちょうどいま報告に行くとこでした。春雨の密輸入を手伝ってる疑いのある業者の件ですが」
「斬っちゃえばいんじゃね」
「……はあ!?なに言ってんすか」
「怪しいなら斬っちゃえばいんじゃね、めんどくせえ」
近藤は冗談に聞こえない口調で本当に面倒くさそうに言った。慌てたのは山崎だ。
「ちょっと局長しっかりしてくださいよ、副長は次の取引で裏付けを取ったほうがいいって意見で俺もまだ」
「うるさいよザキはトシの名前なんて出して、俺の気も知らないで!そんならお前が捕物当日までその業者ずっと張ってりゃいいだろあんパンばっか食いながらっ!」
「なんなのその八つ当たり!」
近藤にぎゃあぎゃあ怒鳴られてさすがの山崎もブチ切れたが、近藤が不機嫌な本当の理由を知ったら、もしかしたら少しばかり同情の余地はあったかもしれない。いや、自業自得とばっさり切り捨てた可能性もある。
はっきり言えるのは、土方のご機嫌と近藤の不機嫌の理由について山崎の推測は正しかったが、それはあくまでも土方のご機嫌の理由であるということだ。近藤の不機嫌の理由は、山崎が気づいていない別の理由による。それを知っているのは、近藤と土方のふたりだけだ。



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