小説3

□目を覚ませ!
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暑いというよりももはや熱い、そんな猛烈な日差しが照りつける中を歩いて屯所に戻って来たというのに、近藤は隊服をきっちりと着込んで汗ひとつかいていない。なぜだろうと自分でも不思議に思うが、なんだこれ夢だとすぐに気づいた。
「あ、いま夢見てる」と頭のどこかで感じながら眠っていることがあるが、このときの近藤がまさにその状態だった。そして夢の中の自分も、これは夢だとふんわり自覚しているようだった。
お疲れ様です、おかえりなさい。隊士たちから声をかけられ、返事をしながら部屋へと向かう。自分の部屋の手前に位置する土方の部屋の前で立ち止まり、いつものように「トシー」と呼びかけながら同時に障子を開けた。土方の返事を待つ前からこんなことが許されるのは、この世で近藤ただひとりだ。
土方は文机に向かって事務仕事をしていたが、顔を上げて「おかえり」と短く言い、すぐに書類へ視線を落とす。急ぎの書類なのかと土方の背後から肩越しにのぞきこむと、見透かされたように「大丈夫だ、間に合う」と言ってきた。
「俺も手伝おうか」
「いや、説明してるほうがかえって時間かかる。一度提出したことのある書類だから、慣れてる俺がひとりやるほうが早い。気にするな」
「そうか、悪りぃな」
近藤は素直に頷き、そのまま土方を抱きしめる。背後から伸びてきた腕に、字を書きにくくなった土方が一瞬困ったようなそぶりを見せたが、結局なにも言わず再び書類に向かった。そんな真面目な様子がほほえましくて、近藤は土方の耳たぶを甘噛みした。
「うわっ!?」
猫背になっていた土方の背中がばねのように跳ね、手にしていた筆がころころと転がり、書類を汚して床に落ちる。
「え?」
あまりに大げさなリアクションに近藤のほうが驚いていると、振り向いた土方の顔は真っ赤に染まり、見たこともないような表情を浮かべていた。
「トシ?」
「あ、あ、あんた今なにした」
「なにって、耳たぶ噛んだ」
「なに普通に言ってんだよ!誰と勘違いしてんの?俺、男だぞ?暑さで頭までおかしくなっちまったのか、それともゴリラやドライバーより男のほうがいいってのか?」
「…え?」
「昔からあんたはスキンシップが多いから今さら抱きつかれたくれえじゃ俺も驚いたり焦ったりしねえけど、その、さすがに女とやるみてえなことまでするのは、一般常識的にも局中法度的にも道義的にもどうかと思うぞ」
「…トシ?」
「なに」
「…どうしたの?」
「…近藤さんこそどうした?」
ふたりの間に奇妙な沈黙が広がる。土方は近藤の異常な行動に最初は驚愕し、今は一体どうしたのだと心配している。近藤は、普段のふたりがしていることは耳たぶ噛むどころではないというのに、土方がたかがこれくらいのことで一体なぜ大げさに騒ぎ立てるのか疑問に思った。そして気づく。
(あ、これ夢だっけ。この夢の世界ではもしかして俺とトシ、ただの局長と副長?)
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