小説3

□あついふたり 全4話
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「じゃあその日は館内一斉点検日って名目で、ここは早めに閉館してもらうんだな。で、その後に公方様がいらっしゃる算段で」
「ああ。近藤さんにまで平隊士と同じ仕事をさせちまうのは心苦しいが、近藤さんが警護に立ってると公方様が安心されるしな」
「それにしても、城の風呂って大きくねえのかな。情緒あふれる温泉行きてえってならまだわかるけど、江戸のスーパー銭湯に来てえとは。庶民の暮らしが見たいのかな?」
「そうじゃねえの。とっつぁんが俺らに隠れていろいろ連れ回してるみてえだから、興味が湧いたのかもしれねえ」
近藤と土方は珍しく非番が重なった幸運な日、翌月に将軍がお忍びを予定しているスーパー銭湯の下見に来ていた。ふたりともわざわざ口に出しては言わなかったが、これが下見という名のデートであることは明白で、内心では小躍りしたいほど喜び、そして楽しんでいる。
のぼせやすい土方に気を遣い、今ふたりは38度の「ぬる湯」にふたり並んで入っている。近藤はもう少し熱い湯が好きだが、土方いわく「これくらいの温度のほうが体の芯からじわっとあったまるんだぞ」だそうだ(ただしそれが事実だとしても土方にとっては後付けの理由に過ぎず、結局は長湯できない体質というだけだ。しかしやさしい近藤は、そこはあえて突っ込まない)。
「この銭湯は初めて来たけど、スーパーって付くだけあってすげえなあ。サウナありジャグジーあり岩盤浴あり。なにあのミストサウナって。熱いの?涼しいの?」
近藤が大きな手で自分の顔にぱしゃりと湯をかけながら言うと、土方が隣から返す。
「いろいろ企業努力しねえと生き残るのも大変なんじゃねえの。銭湯ってどんどん減って来てるらしいからな」
「そういや前に散々な目に遭ったかぶき町の銭湯もひなびてたもんなあ」
夕方にもならない中途半端な時間なせいか、広々とした銭湯には老人がまばらに散らばっているだけで閑散としている。ふたりはその緩い空気の中でリラックスし、大いにくつろいでいた。近藤はうーんと長い腕を上に伸ばして背中をぴんと反らす。
「こんな温度の湯でも確かにじんわりあったまってくるなあ。な、トシ。あっちのジェット泡風呂行ってみねえ。あの泡がすげえ勢いで出てるとこに腰とか肩とか当てるとマッサージみたいですげえ気持ちいいんだぜ、前に行った温泉にあった」
 近藤の提案でふたりはぺたぺた妙にかわいい足音を立てながら、湯船を移動した。土方は凝りがちな右肩から肩甲骨にかかる部分を泡が噴出する場所に寄せ、その想像以上の心地よさに驚愕し、思わず目を閉じた。
「なにこれ近藤さん、超気持ちいい。泡でマッサージってすげえな」
「だろ?トシは肩凝りなんて本来無縁のはずなのに、あのデスクワークでがっちがちになっちまうんだなきっと」
そう言いながら何気なく土方を見た近藤は、目を閉じて恍惚としている土方のとんでもなく妖艶な表情にぎょっとし、まずは自分の下半身がこんな公共の場所でやんちゃな状態になることを恐れ、次に点在している老人たちが(しかし近藤は老人であるということがすでに念頭にない)土方のこのエロさにあてられムラムラしたらどうしようと不安になった。
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