小説3

□遠き山に日は落ちて 全14話
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今から出るけど屋台寄ってくから。トシも来いよ、ラーメン食おう。
キャバクラの喧騒がうるさく声が聞き取りにくかったが、近藤からの誘いで土方は屯所を出た。
(女のところで酒飲んでるっつうのに、声かけられてほいほい出る俺もしょうがねえな)
土方は煙草の煙と共にため息を吐き出し、近藤の待つ屋台へ向かう。
「お、ちょうどのタイミングだな」
反対側から近藤がやって来た。足取りはしっかりしているから、今夜は大して飲んでいないようだ。
「酒飲んでからラーメンなんて太るぞ」
「大丈夫、朝稽古するし夕飯食ってねえもん」
「空きっ腹で飲んでたのかよ」
顔をしかめる土方をよそに、「だってお妙さんが外で食事する時間があったら店で飲んでくれって言うからさぁ」と近藤はにやける。
「飯代もつぎ込めって言われてんだよ」
「へい、お待ち」
ふたりの前にラーメンが置かれたので会話は途切れ、少しの間、ラーメンをすする音だけが響いた。
「まあな、お前がおもしろくねえのはわかってんだが」
「え?」
唐突に近藤が声を発したので、土方はなんのことかわからずきょとんとした。
「あそこに定期的に通ってる限り、隠せたり勘違いさせたりできんだろ。まあお妙さんは聡明な人だから、うすうす気づいてるみてえだけどな。なにも言わねえ、なにも聞かねえでいてくれることへの感謝として、ドンペリくれえ安いもんだ」
土方は箸とれんげを手にしたまま、動きを止める。それはわかっている。近藤がほとんど真面目と言えるほど定期的にキャバクラへ通いひとりの女に貢ぐのは、すべて自分のためなのだと。近藤は土方との関係をばれてもいいという覚悟でいるが、その覚悟を持てない土方のために、周囲の目をくらましてくれているのだと。わかっていながら甘い香水のにおいをつけて戻る近藤にきつい視線や言葉を投げたりするのは、ひとえに自分の心の狭さゆえだと。
改めてその現実を直視し、土方は気まずくなった。止まっていた手を再び動かし、ラーメンを流し込む。近藤に礼も詫びも言いたいのに、なぜかそれが文句や嫌味になってしまう自分の矮小さを持て余していた。一方の近藤は、土方のそんな葛藤が手に取るようによくわかったから、小さく微笑んで、それから残ったラーメンを豪快に食べた。


「なんかあのラーメン、いつもよりにんにく効いてなかったか。自分がくせえ」
屯所への道を歩きながら、土方が鼻をすんすんさせている。そう言われて近藤も隊服の袖のにおいをかいだりしていたのだが、「あ」と思い出したような声をあげた。
「俺ミントの飴持ってる。はい、トシにも」
近藤はポケットから透明な飴をふたつ取り出し、そのうちひとつを土方に渡し、もうひとつを自分の口にぽんと放り込んだ。土方の印籠には近藤が定期的に詰める飴が入っていたがパッションフルーツ味だったため、手にしたミント味の飴を口に入れた。
「な、トシ。帰った風呂入って寝るだけだろ。俺の部屋来て。な?」
「…ああ」
至近距離にいる近藤にしか聞こえないほど小さな受諾の声。近藤はにっこり笑い、土方はむっつり無愛想な顔のまま、屯所への帰路を進んだ。


そして翌朝。
いつもならば夜明け前に自分の部屋に戻る土方は、珍しく寝過ごして近藤の腕の中で目を覚ました。
「…?」
自分の置かれている状況がよくわからない。何度かまばたきをして、じっくりと見直す。
ここは近藤の部屋。近藤の布団。自分を抱え込んでいるのは近藤で、ふたりとも、なにも身につけていない。
「わーーーーっ!」
すさまじい悲鳴を上げて土方が飛び起きた。至近距離で発せられた騒音に眉根を寄せて目を開けた近藤は、ほとんど恐慌状態に陥っている土方と目が合う。そして自分たちが全裸で、ひとつ布団の中に収まっていることに気づく。
「わーーーーっ!」
近藤もまたとてつもない悲鳴を上げた。そして土方と目が合う。
ふたりの顔には、これ以上ないというほどの不快感が浮かんでいた。
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