小説2

□ふたりの片思い1 全3話
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「おかえり」
屯所に戻り部屋で私服に着替えていると、トシが廊下からひょいと顔を出した。俺の足音を聞いて、わざわざ部屋から出てきてくれたらしい。トシが部屋にいる限り常に繰り広げられる光景だったが、俺はそのつどトシからものすごく特別な待遇を受けているような気分になれてうれしかった。
「ただいま」
律儀に廊下に立ったままで俺の部屋に許可なく入ろうとしないトシに、返事をしながら頷く。それを合図にトシが部屋に入ってきた。
「とっつぁん、なんだって?また総悟の器物破損の文句か?始末書ならもう出したぞ」
「ああ、そのことはちくっと厭味言われただけだから大丈夫。それよりさ、俺びっくりした。とっつぁんに言われて気づいたんだけど、今月で真選組結成してちょうど1年だって」
「あ…そうだ、確かにそうだな。毎日ばたばたしてて全然気がつかなかった。そうか。もう1年か」
トシが感慨深そうに言うので俺も「だよな」と続けた。
「あっという間だったよなあ、この1年。世間からどう思われるかってことよりも、まずは武装警察としての勤めを果たすことだけを考えて突っ走ってきたって感じだもんな」
「近藤さん、今夜空いてるか。よかったら飲みに行かね?ささやかな1周年記念だ」
「お、いいなそれ」
珍しくトシから誘ってくれて、俺は内心うれしくてたまらない。ガキのようだが、ふたりで出かけられることがうれしい。
さりげなくトシの横顔を見る。いつ見ても端正な、少し冷たい印象を人に与える切れ長の目。艶やかな黒髪がそのきれいな目をときおり隠してしまうのが、俺は残念なような、けれどこれ以上トシに惹かれる人が増えずに済むとほっとするような、複雑な気分になる。そしてその後、会ったこともない人に対して勝手に嫉妬するような自分の浅ましさにうんざりする。
トシ、お前は知らない。俺が何年も何年も心の奥底に秘めている、お前に対する思いを。お前がこんな俺の気持ちを知ったら、いっそ裏切られたと思うかもしれないな。俺に対して惜しみなく注いでくれてきた友情や信頼や、それに共有する思い出も、なにもかもひどくうす汚れたものと感じるようになってしまうかもしれない。
だから大丈夫。俺は自分の気持ちを少なくともまだ隠せる。自分の気持ちをぶちまけてお前を失うよりも、本心を押し殺してお前と一緒に過ごす毎日を選ぶ。仲間だとか局長と副長だとかいったきれいごとで自分の激しい思いをごまかせる。
「で、とっつぁんの用事はなんだったんだ。別に真選組が1周年記念ってことを言うためにわざわざ近藤さんだけ呼び出したわけじゃねえだろ?」
トシに尋ねられ、俺はわれに返る。
「あ、ああ、とっつぁんな。なんか急に見合いしろって言ってきたんだよ。上が行かねえと下のもんも行きにくいだろって」
「見合い?」
トシが不思議な単語を聞いたような顔をして、かすかに首をかしげた。
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