ヘルシング

□戯れ
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「嬢ちゃん、嬢ちゃん」


呼ばれて、振り向いて、明らかに面倒くさそうに、なんすか、と言った。


隊長がニコニコ顔で笑って私を呼んでいるときは、大抵下心があるときだと、つい最近学んだ。

前にもこんな事があった。
何の警戒心も抱かずに隊長に近づいたら突然ほっぺにキスされて、それでついデコピンをお見舞いしてやったら隊長は眉間から血を流していた。
イギリス人は挨拶にほっぺにちゅーも駄目なのかよ、とか言い訳をしていたけれど私はそんなことはどうでもよくて、隊長の手が私の腰に回されていたのに思い切り動揺しただけであった。
女の子の扱いに馴れているんだろうな、と思った。

隊長は肝心なことを忘れている。
私はただの"女の子"じゃない。



「嬢ちゃん、訓練終わったらデートしようぜー」

「う…」


私が返答に詰まっているのを見て、隊長は大笑いした。
なんで笑われるのかは分からなかったが、不思議と隊長の笑顔を見ているとつい警戒心が解けてしまう。


「隙あり!」


そう言って隊長が、もう何度目か分からないキスをした。
やっぱりカッとなって、今日は足のつま先を踏んづけてしまった。


痛ッて!と隊長は大きな声を上げて片足でケンケンしながら、私の肩に掴まった。
ただそれだけなのに、隊長が私に触れるだけで、私は動揺してしまうんだ。
恐らくこの動揺は、全部バレているんだろう。

カチンと動けなくなった私に、たぶんワザとだろう、
隊長がギュッとハグして静止した。


「どさくさに紛れて何してんですかぁ!!」

「何って?軽いスキンシップ」

「か…噛みつきますよ」

「噛みついてみろ!」


何の迷いもなくあっさりとそう言い返されて、少しだけ悔しくなる。
これじゃあただの少女じゃないか。





「本当に、噛みついてもいいんだぜ?」


さっきまでとは打って変わって落ち着いた口調で隊長が言った。
そう言われて一瞬胸がざわめく。
慌てて隊長の手を振り解いて、ウォルターさんに言い付けます!とかまるで子供のような捨て台詞を吐いて走り去った。
体温は上がらない筈なのに、酷く体が熱くなった気がした。







もしも突然、私が目覚めてしまったら?
あの触れた指はいとも簡単にへし折られ、血液が辺りを染め、大切だと思ったひとも皆、みんな。
傷付けてしまうだろう。
でもそれが何?
本当は自分が傷付くのが怖いだけだ。


隊長は何もかも分かっていた。
私がただの女の子じゃないことも、私の動揺も、私の恐れも。


自分が変わってしまったことを忘れたかった。
それは周りが私を急かせば、急かすほど。
時計はいつもと変わりなく針を進めて行く。
変わらないこの年齢と、変わってしまったこの体は、何時まで経っても馴染めはしない。




廊下でウォルターに出会ったが、軽く挨拶をしてそれ以上は何も言わずに別れた。









翌日、訓練が終わって、隊長はまた笑顔で私を呼んだ。
もう少しの間、ただの19歳で居たいと思った。

隊長の優しさに感謝して、この日は抵抗せずにキスを受け入れたが案の定隊長が抱き付いてきたのでやっぱりカッとなってデコピンをお見舞いしてやった。










20090218

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