ヘルシング

□消えるな
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シロルの特級葉だと云ったが、まるで違う味がした。
煙草を吸おうと思うが、思い止まる。
ライターが見当たらない。
何もかもが面倒に思えてならなかった。



まるで夢の後のようだ、とインテグラは思った。


何もかも失った。


独りになって、初めて気付く。
自分の力が、如何にちっぽけだったのか。



インテグラは深く息を吐き、正面の扉をじっと見詰めた。

お嬢様、と言って
書類を抱えて入ってくる執事。
私の疲れを気遣って、いつでも優しい味のする紅茶を入れてくれた。


後から、長身の男が入ってくる。
気の利いた言葉などかけてくれたためしは無かったが、いつも側にいて、護ってくれていた。

当たり前だと思っていた日常。

消えてしまった。



あの扉を彼らが開くことは、もう、無い。



いらぬ妄想をした、と
インテグラは頭を振って彼等の面影を消し去る。

もう一度深く息を吐き正面の扉を見詰めていると、ドアがノックされた。

突然のことに思いがけず心が揺れたが、
平静を装って、入れ、と低い声で言う。



セラスが入ってきた。



どうした、婦警、と聞けば
特に用は無いです、と言う。



「ただ、何となく、インテグラ様とお話がしたくて」


そう言うとセラスは恥ずかしそうに、笑った。
いつまでも色褪せない、可憐な娘だ、と思った。



インテグラは堪らなくなり、瞳を伏せた。

「大丈夫ですかっ?!」

心配して慌て駆け寄るセラスを
思わず抱き寄せた。




独りでは無かった。
私の従僕が、残してくれた。
今更、あの冷徹さを装っていた下僕の優しさに気付いたなんて。



「インテグラ様…?」



婦警は少し戸惑ったが、心中を察してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。




インテグラは、願った。

消えるな、と。







終(2009/1/13)
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