ヘルシング

□THE SHE
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それは癖のようである。
理由は覚えてはいない。

私は「彼女」を求め続ける。
大陸を離れ海を越え、あまたの殺戮を繰り返し生血を啜りながら歩くうちに己でも認識し難い化け物と化してしまっていた。
勿論感情などと云うものは次第に薄れ、英国の霧の中へと溶けていった。
哀しみや怒りなどというのは、無益である。
悦びや愉しみは私に持続させる力を与えてくれる。

しかし己の深淵に眠る「彼女」を求める癖のようなものに
人知れず苛立ちを抑えきれなくなることがある。

そうだそれは今私の眼前で傭兵を引連れて射撃の訓練をする、
あの女を拾ってからではないだろうか。






セラスは時々、自分の主人のことがとてつもなく恐ろしく感じられ
逃げ出したくなることがあった。
あの紅い双眼に捉えられるととても居心地が悪かった。
向けられる目が、まるで自分の身体を掏り抜けて、
未来でも見ているのではないかという不思議な感覚に襲われた。
血の紲で繋がれているから、主人がいつ自分を見ているかが嫌でも分かる。
彼には何が見えるのだろう。


ワイルドギースとの訓練を終えると、夜はとても長く感じられる。
セラスが地下室の階段を下ると
仄暗い廊下の先に主人の気配を感じた。


「マスター、たまに変な念みたいなものを飛ばすの、止めてくださいよ」

セラスは主人に軽口を叩いた。

暗闇から吸血鬼が姿を現す。
口端が僅かに上がっている。

「マスター、私の何を見ているんですか?未来を見る術でも持っているんですか?」

吸血鬼は口元に笑みを浮かべながら歩をとめた。

「質問が多いぞ、婦警」

アーカードの低い声が廊下に響く。
口元は笑っていても、口調は厳しかった。
主人はたいていにやけているから、一体何を考えているか分からない点も、
セラスが怖いと思う要因の一つであった。

「す、すみません」

「セラス、お前は夢を見るか?」

セラスの質問は無視され、逆にアーカードが訊ねてきた。
セラスはこのような状況にとても慣れている。

「私は・・・」

セラスはゆっくりと階段を降り終えると歩を止め、少し間をおいた。

「私は最近訓練で疲れて爆睡しちゃうんです。だから夢のことは覚えてません」

セラスは笑いながら頭を掻いた。

「ほぉ」


その瞬間セラスは前を向いて息を呑んだ。
主人の双眼が暗闇から光って私を見ている。
セラスは心まで覗かれている気がした。
勿論夢は見たことがあるし、内容も覚えている。
が、それはどれもが悪夢で、拭いきれない殺人や暴力の記憶の反芻みたいなものだったり、消し去りたい過去のことであった。
例外としては、意味不明な銃の精霊の夢であった。
そんなことは語りたくないセラスは、咄嗟に嘘を吐いたが、
主人には見透かされているのが分かると酷く後悔した。

アーカードはそれを問いただす様子が無い。
すかさずセラスが口を開く。

「マスターはどんな夢を見るんですか?」

それは内心、セラスにとってとても興味のあることであった。

アーカードは廊下の壁に凭れると、嬉しそうに口の端を上げた。

「女とヤる夢だ」


セラスはそれを聞くと顔を真っ赤にして閉口し、
ただちに回れ右をした。

「すみません、余計なコトをお聞きしました、失礼します!」

逃げるように自室の方向へ歩を進める。

「婦警、夜は永い。続きを事細かに語ってやろうか」

明らかに主人は愉しんでいる。


結構です!と半ば怒り気味でセラスは振り向いて、カツカツと足音を響かせながら自室に戻っていった。 


「面白い奴だ。未熟過ぎる」

アーカードはひとりくつくつと笑った。







恐らく、知る由も無いのだろう。
私が抱いた幻影が、少なからずとも己に重ねられていることを。
輪廻という言葉がある。
全ては廻り廻って、もとの場所へ帰ってくる。
彼女はまだ気づいていない。
自分の力というものを。

「彼女」を求め歩くのは癖のようなものである。
理由はとうとう忘れてしまった。
恋をすることも、誰かを愛することも、
悲しむことも、哀れむことも。
それは全てが余計だったからだ。
独りで存在し続けて行くには余計過ぎた。
誰もが私を置き去りにして、
嬉しそうに死んで逝く。


だが状況が変わったのだ。
彼女が居る。
私は何かを取り戻す一抹の望みを、あの未熟者に抱いているのかもしれない。
莫迦莫迦しい話かもしれない。


彼女に「彼女」を求めている。
それは癖なのだから、仕様が無い。




(2009/1/6)

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