treasure
□相互記念小説
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夜になっても寒さが和らいで来た弥生の終わり、俺は窓辺で一人、月見酒と洒落込んでいた。とは言っても、そのアルコールは日本酒ではなく、スーパーで安売りしていた発泡酒だが。
せめてビールがいいとは思わなくもないが、我が儘がまかり通るような家計でないことを重々承知している。それに最近、発泡酒もなかなかうまくなっていると思う。
しばらくして、神楽が風呂から上がってきた。シャンプーやボディソープの香りが、俺の鼻をくすぐった。俺と同じものを使っているはずなのに、神楽から放たれる香りには、何故こんなにも俺を惑わせる力があるのだろう。
タオルで髪の毛の水分を拭き取りながら風呂場から出てきた神楽は、家では滅多に飲まない俺を見て、珍しいアル、と目を丸くした。
「いつも飲み屋とか屋台で飲むのに、今日はどうしたアルか」
「んー……別に。なんとなく」
俺は神楽のほうを振り向くことなく、月を見上げたまま返答した。神楽にはそれが気に入らなかったのか、俺の近くに来て、俺の袖を掴んだ。
「風呂上がりの女よりも月かヨ、この天パ」
「え、何? かまって欲しいの? 誘ってるの神楽ちゃん?」
俺はそこでやっと神楽のほうへ向いた。そして、有無を言わせぬ速さで神楽を引き寄せ、キスをした。
「んっ……」
突然のことに、神楽は体を強張らせたが、それも一瞬のことで、すぐに俺に体を委ねてきた。
ゆっくりと味わうように、神楽を抱き締めて長い長いキスをした。風呂上がり独特の香りもあって、酔い痴れそうになる。
舌を絡ませながら、俺は回想するように自分の感情を客観的に考えていた。
いつの間にか、こいつは俺にとって必要な存在になっていて、いつの間にか、こいつは俺にとって「ガキ」から「女」になっていて。
特別だとか大切だとか思っていても、この感情の名前がずっとわからなくて。
焦燥感に駆られたり、充足感でいっぱいになったり、そうかと思えば泣きたくなったり、苛々したり。そんな不安定な精神状態が続く毎日。その原因が神楽であることは間違なくて。
それは、長らく忘れていた心の動き。
それが恋だと気づくまで、どれほど遠回りしただろう。思春期のガキもこんなに酷くないという程、俺が鈍かったということだ。
やっとのことで唇を離すと、神楽は、はぁ、と吐息を漏らす。それが、すごく艶やかで思わず心臓が跳ね上がる。