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□君と夜と月と
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「じゃあな、オヤジ。ごっそさん」

歌舞伎町にある古びた飲み屋からそう言って出てきたのは銀髪の男。
店ののれんをくぐったとたん、まとわりつく外の冷気に銀時は身体を震わせた。
酒で温まった身体を急激に冷やすその温度に、自然と家路につく足が速くなる。

「あぁ〜寒ぃな…この寒さは異常だな」

歩きながら空を仰げば、真っ黒な空に月だけがポンと浮かんでいた。
街の明るさのせいか星はみえない。


(…神楽は寝ちまったかな)

店を出たときは12時近かったから、家に着く頃には日付が過ぎてしまうだろう。
そんな事を思いながら足を進めていく。

あっという間に万事屋に着いた銀時は、部屋の灯りが消えているのをみて少しだけ寂しい気持ちになった。
以前は眠くても銀時の帰りを待っていた神楽だが、最近は日付が変わるとさっさと寝てしまうのだ。ようは銀時が早く帰ればいいのだが。

(それにしても薄情じゃねぇの)

別に待っていろと頼んでいるわけでもないのに、そんな勝手な事を思いながら銀時は外階段を上がっていく。

音がしないように玄関を閉めると真っ先に少女の眠る押入れに近づいた。


顔だけ。顔だけ見たら自分も寝よう。


銀時は中にいる少女を起こさない様、慎重に押入れを開けていく。
しかし、その中には目的の姿は無かった、


「神楽…?」

目に飛び込んできたのは空の布団だけ。
扉を全て開けてみるが、そこにいるはずの彼女はどこにも居ない。
布団を触るとヒヤリとした冷たさしか感じない。それは長い時間、この場所に神楽が居なかった事をあらわしていた。


「こんな夜中に…っ」


一体どこへ?

もしかして外に行ったのではないかと思い、銀時は急いで玄関に向かう。しかし予想に反して彼女の靴はそこにあった。


(外に出たんじゃねぇのか…?)


となると部屋のどこかに居るはずだと、銀時は居間に向かう。電気も点けずに窺うが、人の気配はまるで無い。
ソファーにも、風呂場にも、台所にも行ったが、神楽の姿はない。
銀時は最後に自分の寝室をあけるが、やはりそこにも少女の姿は見当たらない。


「くそっ。神楽の奴どこに…」


すると銀時は自分の頬を撫でる冷たい風に気が付いた。
瞬間的に顔を上げると奥の窓が少しだけ開いている。

「…まさか」

足早にその窓に近づきカラカラと静かに開ける。見上げると屋根の上に先ほど夜道で見た月が輝いていた。

銀時は慎重に手すりに足をかけ、軽やかに屋根の上に上がった。
すると目的の人物はすぐに見つかった。


(いた)


そこには屋根の頂上で月を見上げる神楽がいた。その華奢な身体を縮こませて座っている。
背中には愛犬の定春も一緒だ。


(そういや定春も居なかったな…)


今更な事にどれだけ自分は焦ってしまったのだろうと、銀時は少し気恥ずかしくなる。


「お嬢さん。そんな所で何やってるんだ。」


耐え切れなくなって銀時は少女に向かって声をかけた。
神楽はさほど驚いた様子もなく、銀時にむかって「おかえり」と呟いた。

「お月見アル。三日月が絵みたいにキレイだったカラ」

振り向いた神楽は月夜に照らされ白い肌がますます透けるようだった。


「…1人で?」
「定春がいるネ。」
「寒くねぇの?」
「ピッタリくっついているから平気ネ!」


そう言って定春の頭を愛おしそうに撫でる彼女に銀時は苛立った。

(…犬と2人で月見かよ)

面白くない銀時は定春と神楽の間を裂くように無理やり入り込むと後ろから神楽を抱きしめた。
定春は嫌そうに呻ったが無視。神楽も一瞬だけ身動ぎしたがそれも無視。
引き寄せた神楽の身体は冷え切っており、それがますます銀時の苛立ちを増した。


「どれだけ外にいた?」
「…さぁ、覚えてないヨ。」
「言やぁ月見ぐらい付き合ったのによ。」
「誘ってほしかったアルか?」
「馬鹿言うんじゃねーよ。頼めば、優しい銀さんが子どもの我が儘に付き合ってやったのによって事だよ。」
「よく言うネ。さっさと飲みに出ちゃったくせにヨ。このダメ天パ。」


それを言われては此方は何も言えない。
しかしいよいよ冷えてきた身体に、これでは風邪を引くと銀時は中に入ろうと神楽を促す。

神楽も月見に満足したのか、素直に頷いて窓に向かう。
定春は巨体ゆえに窓から入れないので玄関の方に降りて行った。


「うぅ〜やっぱり寒かったアルな。」
「当たり前だよ。お前、何だって外で月見なんざ。」
「だって外の方がよく見えるネ。それに街もよく見えるアル。」
「あぁ?街なんか見えたって…」

そこまで言って気付く。
街…街といえば先ほどまで自分が飲んでいた方向だ。
銀時は自分の考えに先ほどの苛立ちが消えていくのを感じた。


もしかすると、自分の帰りを待っていてくれた?


「神楽ちゃん…。一人で寂しかった?」
「なっ何でそうなるネ!別に銀ちゃんが居なくたって寂しくなかったネ!なめんなヨ!」


その反応にまんざらハズレでもなさそうだ。と銀時は思わせぶりに笑う。


「も、もう寝るネ!お休みヨ!!」

気恥ずかしそうに押入れに戻ろうとする神楽を銀時は素早く制し、細い手首を掴んだ。


「神楽…身体が冷たい。」
「?」


そのままクンッと引くと簡単に崩れた身体をもう一方の腕で支える。柔らかい髪に顔を埋めながら耳元に口を寄せた。




「温めてあげようか?優しい銀さんが。」

「!」

驚いて身体を硬直させた神楽を引っ張って銀時は自分の寝室へと入っていった。
しかし後ろから一緒に入ろうとしてきたもう一つの影がいた。定春だ。

銀時はそれに気づくと、先に神楽だけ部屋にいれ定春の前にしゃがみこむ。
「ワン!」と元気良く鳴く定春に向かってけして少女には聞こえない声で囁く。


「お前はさんざん神楽と2人でいたんだろ。今度は俺の番だ。」

そう言うと鼻先で襖をピシャンと閉めてしまった。





―君と夜と月と―






次の朝、出勤してきた新八が見たものは。
飼い犬に頭を思い切り噛みつかれている銀時の姿だった。














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