普通の話

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『SS-風璃と詩音とこたつの話』


「ううーん、やっぱりコタツは良いなぁ」

ごろごろと猫が喉を鳴らすように、まさに至福の表情を浮かべた風璃が炬燵に埋もれている。
机上には蜜柑が幾つか。読み掛けの本。中身の半分程減った湯呑み。炬燵ライフ絶賛満喫中、といった様子。

「出たくないなぁ。あ、でもアイス食べたくなってきたなぁ」

更なる贅沢を求めてみるが、そこから動く気配はない。うだうだと呟いて、それは呟きだけに終わる。
もぞもぞと身動ぎして、温もりを求めて炬燵の更に深奥を探る。やがて収まりの良い場所を見つけて、またへにゃりと蕩けた表情。
そんなだらけきった風璃の向かいに、先程から無言の詩音が同じく炬燵に、但し此方は浅く入っている。読書に夢中なのか、湯呑みの中身は全く減っていない。

「……詩音」
「何」
「寒くない?手」

本を持つために外気に晒されている白い手に視線を遣る。その白さは元々なのか寒さからか。
風璃の心配に、詩音は今気が付いたという風に本を捲る手を止めた。

「…そういえば、冷たい」
「ほらぁ。湯呑み触っときなよ、あったかいから」

風璃の言葉に素直に従って、詩音は湯呑みを両手で抱えた。けれどそうすると彼女の手が随分冷えていたのが分かるのは、指先の赤い色。

「あついお茶、入れようか?」
「……ううん。良い」
「でもまだ冷たいでしょ」

そこで風璃は「そうだ」と思い付いて、今度は炬燵の中へと詩音の手を誘導する。これにも従順に詩音は手を炬燵に入れて、そうするとその手を中の方へと思い切り引かれた。風璃の手に寄って。

「ね、中、あったかいでしょ?」
「……うん」

じんわりと染み込んでくるような温もりは、炬燵の熱よりも風璃の掌の方が強い気がして。
その温かさと、柔らかさに、詩音は向かいの風璃と同じように蕩けていくような感覚に陥るのだった。


end.
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