普通の話

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『一日一SS-葡萄とフラメシュ』
・創作珠魅話「夢」と関連
☆―――



「はじめてですねー」
「何が?」

会話の最中、突然口を開いて何の脈絡も無くそう言った葡萄に、フラメシュは瞬いて首を傾げる。彼女の反応に、ああ自分の頭の中でだけ結論を付けていた、と葡萄は思考を口にした。

「今まで僕、なんでか他の珠魅のみなさんたちによく名前間違えられてたんですよー」
「なんでかって…なんか、分かる気もするけど」
「え、そうですか?何でですか?」
「…いえ…あたしの口からはちょっと…」

思い付いたことがあったが、フラメシュは気まずげに視線を逸らして口をつぐんだ。
だって、言えるわけがない。「アンタの存在が薄いからよ」なんて、目の前の彼に。
フラメシュの逡巡を余所に、葡萄は疑問の色を浮かべた声音で「なんでですかねー?」と無邪気に首を傾げた。
話題を逸らす様に、慌ててフラメシュは手を振る。

「それでっ、何がはじめてだったのよ?」
「あ、そうです、はじめてだったんですよ」

その時、ふわり、海風が葡萄の長い前髪を揺らした。常は隠れている、彼の黄緑の瞳が真っ直ぐにフラメシュを射抜いていて、フラメシュは何故だか鼓動を高くした。

「フラメシュさんが、はじめてだったんです。僕の名前を絶対に間違えずに呼んでくれるひと」
「っ!」

真っ直ぐな視線に、言葉に、フラメシュはぼっと顔を真っ赤に染めた。
今、ものすごく恥ずかしいことを聞いた気がする。

「きっ、気のせいよ!っていうかあたし、殆どアンタの名前なんて呼ばないし!」
「あ、それもそうですねー」

けれど顔の熱は引かなくて、フラメシュは紛らわす様に海へ飛び込んだ。高く上がった水飛沫が、葡萄に容赦なく降って全身を濡らす。

「わっ!ふ、フラメシュさん〜!」
「よ、用事を思い出したわ!またね!」

そうして、フラメシュは水底へ潜って行くのだった。
残された葡萄は疑問符を浮かべ、暫し呆然としたのち、くしゃみをして我に返った。


end.
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