*大学生設定









「そういうことは七夕にお願いしないでボクに直接言ったらどうですか?」

 黒子はオレの短冊から手を離してそう言った。反動で笹が揺れる。行きつ戻りつする笹と色とりどりの短冊が袖をかすめ、渇いた音を鳴らす。

「言ったら叶えてくれるのか?」
「叶うと思いますよ」

 小さな返事と逸らされた視線。夜目にもわかる真っ赤に火照った顔に、黒子も余裕がないんだとわかった。まあ、かく言うオレも似たようなものだろう。

 こうしてオレたちのお付き合いは始まった。








 付き合い始めて知ったことだが、黒子はタイミングが悪い。
 さあ、いざ恋人らしいことを……! とオレから水を向ければ、狙ったようにフラグをへし折るのだ。
 おかげで二人の仲は思うように進展しない。頑張ってもくちびるの先を合わせる程度だ。

 黒子は恋人同士のあれやこれやをどう考えているのだろう。これまで沢山の話をしたが、こんな話題は皆無だったのでさっぱりわからない。
 改まって聞くことも憚られ、悩んだオレは黒子と出掛けることにした。


「赤司くん」
「やあ、黒子。メールみた?」
「はい、旅行って本気ですか?」
「ほら、これパンフレット。行ってみたいだろ? 夏の北海道。ちょうど学校休みだし、二人旅楽しいぞ」
「夏期講習のほうが将来的に有意義だと思いますけど」
「オレはそんなのする必要ない。黒子だっていつも頑張っているんだから、二、三日くらい平気だよ」
「はあ……。でもどうして北海道なんですか。遠いしこの時期は高いですよ。避暑だったら近場でいいじゃないですか」

 黒子はオレが渡したパンフレットをひらひらと振ってみせる。その顔にはお金が掛かるし手続きが面倒くさいと、はっきり書いてあった。「夏の思い出を作りたい」という恋人にこの反応はどうかと思う。

「駄目だよ。笹に黒子とのことお願いするんだから。それに、金の事は気にしなくていい」
「そういうわけにはいきません。それに、七夕は七月ですよ?」
「北海道の七夕は八月なんだよ」
「へえ、そうなんですか。って、いやいや、お願いなら先月叶えてもらったでしょう?」
「ああ、もう一回」
「欲張りですか」
「黒子がオレのものになりますように、って書くんだ」
「それって、この前のお願いと何が違うんですか?」
「そこは察してくれ」
「え?」
「もう少し進展したいってこと」

 なんだかんだで、こいつははっきり言わないとわからないらしい。
 黒子の返事を待つこと一分。彼はか細い声で何事かつぶやいた。

「なに?」
「その、お願いなら……なんとかしますから。少し待っていてください」
「待つって?」
「そうですね。日暮れまでには戻ります」
「……は?」

 頭に疑問符を浮かべるオレを残し、黒子は走り出す。その背を呆然と見送りながら、オレは脳内で彼との会話を反芻した。

『もう少し進展したいってこと』
『待ってください……日暮れまで』



 日暮れまで

 日暮れまで

 日暮れ……


 それって、夜になるまでに黒子が色々と準備をしてくれて、オレたちの仲が進展するということだろうか。
 いや、待て。相手は黒子なんだ。そんな期待しすぎないほうがいいに決まっている。でもとりあえず風呂には入っておこう。
 うわあ、自慢にはならないがオレは初めてだ。ちゃんとリードしてやれるだろうか。

 矢よりも早くマンションへ帰る。部屋を掃除して、身綺麗にしたところでタイミングよく黒子が現れた。
 深呼吸。心中ではそわそわしつつ、落ち着いた態度で彼を迎えいれれば、ふわりと漂う汗の香り。どうやら走って来たらしい。準備をすると言っていたからてっきり黒子も身を清めていると思ったのに意外だった。
 手渡した冷茶を一気に飲み干すと、黒子は一枚の紙をオレに差し出した。

「お待たせしました」
「あ……ああ」
「それで、これ形だけですけど」
「ん?」

 受け取ったその紙には、緑の文字が印刷されている。タイトルの文字を読み、オレは目が点になった。



「婚姻届……?」

 って、いやいやバカバカ。確かにお前をオレのものにしたいって言ったけど、そういう意味じゃない。こんな時までフラグへし折るやつがあるか!

「おい、お前これ」
「だから、わざわざ北海道まで行かなくても……その、赤司くんのものになるって言ってるんです」

 漢前にそう言って、そのままオレの胸に飛び込むと、頭をぐりぐりと擦り付けてくる。見下ろせば、赤に染まった首筋が見えた。思わず天を仰いでしまう。


 オレが期待したことはこういう事じゃない。でも予想外ながらもオレの事を真剣に考えてくれた黒子のことを思うとこれはもう許すしかないのか。
 ばかな黒子を力一杯抱き締めれば、くぐもった抗議の声が上がった。知るか、とばかりに無視を決め込む。

 オレが求めた答えとは違うが、黒子がオレをすきだという気持ちは十分伝わった。
 そしてオレも、この頓珍漢が堪らなく愛しいのだ。
 価値観の違いを思い知らされ、それを許すたびにどれだけ相手がすきなのか気付かされるなんて、正直情けないけれど。


「所詮は惚れた弱みか」
「なんですか?」
「いや。きょうのところはこれで良しとしよう」

 しょうがないので、進展はオレがリードして頑張るとしよう。
 婚姻届を交わそうという二人だ。時間はたっぷりとある。なんならこれを受け取ったきょうを初夜の日として申し込む手も有りだ。

「なんですか」という顔をする黒子をもう一度抱きしめて、その額に唇を落とす。
 オレたちの前途多難な恋の道に、成功の祈りを込めて。






あまのがわ
(ずっと一緒にいようか、なんて)





 


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