ろぐ
□青い僕
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小さくつないでくれた掌が嬉しかった。
はにかむように笑ってくれたのが嬉しかった。
儚くて切なくて甘くて苦い青春の日を、僕はきっと、忘れてしまうけれど。
テツヤは拗ねると、口を尖らす癖があった。僕はそれがかわいくてすきだった。
「なんで言えないんですかね?」と、首を傾げて言うお前に、僕は笑うしかできなかった。戸惑ったわけじゃない。照れ臭かったんだ。
「すきだよ」の一言が言えなかったのは、その言葉の重みを知っていたからだ。
口にするのは簡単だ。でも、なんて貰うのには難儀な言葉なのだろうと、いつも思う。
今ならいくらでも言ってやれるとか、どうしてもっとお前に言ってやれなかったんだろうとか、思うことはいっぱいあるけれど、でも、何より、やっぱり割り切るのが一番なんだと結論つける自分に呆れた。
「すきだよ」
呟く。僕だけの幻。
ひらひらと、刹那の内に散っていってしまった幸福は、後悔したところで何一つ変わらなかった。ずっとずっと、淡い色の思い出のままだ。
今なら、テツヤを幸せにするのが僕の夢だったんだなんて適当な嘘を、嘯けそう。お前が聞いていないと知っているから、こんなことが言えるんだ。
何も言ってあげられなかった。何も伝えてあげられなかった。
僕はテツヤと当たり前のように一緒にいて、そのことがもう当たり前に還元できるものだと思い込んでいた。
テツヤは笑う。
テツヤは泣く。
テツヤは迷う。
テツヤは生きた。
テツヤの隣で眩しい朝を迎えていた。
気づいたら、僕は一人きりで白けきった夕日を送っていた。
笑ってほしい。
詰ってくれていい。
恨んでいいよ。
こんなことをしてでも、テツヤの中にいたかったんだ。
僕はお前を忘れてしまうだろう。
月日を重ね年を送り、今と同じ冬を何度も過ごし、僕はテツヤを忘れてしまうだろう。
テツヤのいないこの世界に何の未練も思いも遺憾も憎悪も幸福も未来も寂寥も見当たらないけれど、仕方なくでもなく僕は生きている。
僕は今、のうのうとテツヤを忘れつつありながら生きている。
ねえ。「すきだよ」って言ったら、またお前は口を尖らして「うそつき」なんて笑ってくれる? 僕に、涼やかな声を、聞かせてくれる?
ねえ。
僕の中のテツヤはもう死んでしまったよ。
「青い僕」
サヨナラは言わないからね。