黒バスA

□ここにキスしてね
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 ふわりと卵が香り、湯気が立つ。
 小麦色に焼けたトーストに、煎れたてのコーヒー、あとは冷蔵庫から彼の大すきな苺ジャムを出せば完成だ。
 隣の部屋から、小さな寝息が聞こえてくる。



「赤司くん、朝ですよ」

 部屋の外から声をかける。でも、うんともすんとも返事がなくて、苦笑した。
 本当は起きれるくせに、一緒に暮らし始めてからは、いまだに毎日ボクが起こさないと自分では起きない。

「赤司くん。ご飯できてますし、遅刻してしまいますよ」

 まだ起きて来ない赤司くんをちょっと心配して、寝室を覗く。
 赤司くんは俯せになって枕を抱いたまま、まだ寝息を立てていた。


「ほら、赤司くん……」

 近づく。思わず、声が詰まる。
 意外にもかわいい寝顔に、たじたじする。あんまりよく見たことがなかったから、長いまつげとか寝癖っぽい髪とかにキュンとして、急いで寝室を出た。


(うわあ、なにドキドキしてるんでしょう、ボク……!)

 たかだか赤司くんの寝顔だし。口を開けば命令口調だし。ただちょっと静かな顔が珍しかっただけだ!

 熱を払うみたいに首を振る。
 冷たいものでも飲んで、落ち着こう。
 冷蔵庫から水を出して、一気に飲む。そうでもしないと、頬の熱さで頭がパンクしてしまいそうだった。




「う、ん……」

 微かな声が聞こえて、我に返る。そうだ、時間。そろそろ起きてくれないと、本当に困る。
 おず、と寝室の扉に手をかけて、少しだけ中を覗いてみる。
 カーテンの間から零れる光に照らされる横顔に、やっぱりちょっと、ちょっとだけ、胸がきゅうっとなった。



「赤司くん、本当に遅刻しますよ……って、あれ?」

 なんか、体勢変わってる。俯せなのは変わらないけれど、手がベットの縁から垂れている。寝返りでもうったんだろうか。
 ぶらりと揺れる彼の右手がなんだかおかしくって、小さく笑う。

「起きてください、赤司くん」
「ん……」

 やけにいいタイミングで声を漏らすものだと思う。


(もしかして、寝てるフリ……?)

 赤司くんなら有り得る。たぶん、ボクが近づいたら驚かすつもりなんだ。
 でも、トーストもコーヒーも冷めてしまうし、こんなことで時間をくってる場合じゃない。

 ボクは腹をくくって、寝息と共に上下するシーツに近づいた。


「赤司くん、朝ご飯できてますよ」

 顔を覗き込む。
 と、赤色の前髪の間の瞼が動く。ゆっくりと長い睫毛が上がって、綺麗な緋色の双眸が、静かにボクを見つめた。

 わかっていても、驚いてしまった。顔が熱くなる。
 それから心臓が高鳴って、彼の名前すら呼べなくなる。

「あか、しく……」
「くろこ……」

 少し掠れた低い声に、耳の奥がざわめく。鼓膜がじわりと紅潮しているみたいだ。

「黒子」

 もう一度呼ばれて、骨張った指がボクの前髪を掬う。赤司くんに触れられた場所が熱い。顔も身体も、ぜんぶ熱い。

(しし心臓うるさい……!)

「あ、あかしくん、あさ」
「うん」

 まずいまずいまずい。
 寝起きの赤司くんのふにゃりと笑った顔が、ストライクにボクの胸を貫く。ズキュンなんてあほな幻聴が聞こえたくらいだ。


 ボク以外にはぜったいに見せない顔も、あんなシュートを放つなんて信じられないくらい優しい掌も、すきですきで堪らない。


 そっと頭を撫でられて、息が詰まる。
 毎朝のすぐ隣に見る彼に、ボクは毎日元気をもらっているんだ。


「黒子……」
「な、なんですか?」
「なにかついてる」

 普段の赤司くんからは考えられないような、甘くてとろんとした声で囁かれる。
「え?」とボクが対応するより早く、赤司くんの顔が近づいてきて、舌が唇のすぐ横を掠める。

「あか……っ!」
「ジャム」

「つまみ食いか?」なんてニヤッと笑う頬をつねってやろうかと手を伸ばすと、静かに止められた。
 赤司くんの瞳に、真っ赤なボクが映っている。ああもう、顔見られるのが恥ずかしい。


「赤司くん……」
「テツヤ、」

 赤司くんの指が髪を梳いて、ボクの耳に触れる。
 囁かれる声に、大すきな指先に、口から心臓が飛び出てきそうだ。

 目を閉じる。ふっと、赤司くんの息が頬にかかる。

 指が、声が、体温が、優しくボクを包み込む。この彼までの距離が、空間が、愛おしい。

 赤司くんがボクを占める割合が、毎日毎朝、ちょっとずつゆっくりと、どんどん大きくなっていく。それが、ボクの、幸せなんだ。


 赤司くんの髪が額にかかる。


 瞼が揺れる。まつげが触れる。


 (はやく)


 すきだよ。待ってるよ。


 (ねえ、征十郎くん)


 いつものように、寝ぼけながら、



 ここにキスしてね


 

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