黒バスA

□やくそく
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 悪気はなかった。ぼんやりしていたところに何かが飛んできたから咄嗟に受け取ってしまったのだ。
 ボクの掌に収まった白いブーケ。失笑の混ざった拍手の中で呆然としていると、新婦は笑って「恋人がいるならプロポーズしてあげて」と手を降った。言葉の意味を一瞬遅れて理解し顔が紅潮する。

 さらに、その恋人はまさにボクの真後ろにいたりする。

 その恋人こと、赤司征十郎。新婦の発言に釣られて何か言い出すのではないかと身構えた。しかし予想に反して彼は何もしてこない。それどころか静かにその場を離れて行った。
 常と違う赤司くんの行動が酷く気になる。仲間の冷やかしもそこそこに、ボクは彼の後を追った。



「赤司くん、どうかしましたか?」

 ホテルの喫煙コーナーに赤司くんの姿を見つけて、ほっとする。彼は一息長く吸うと、視線だけをこちらに寄越した。長い付き合いだからわかる。それは彼のご機嫌がよろしくない時によくやる仕草だ。

「ブーケが欲しかったんですか?」
「そんなわけないだろう」
「じゃあ、なんですか?」

 パーテーションで仕切られた喫煙コーナーにはボクら二人だけ。そっと赤司くんの顔を下から覗きこめば、ふいっとそっぽを向く。

「黒子からプロポーズなんてだめだよ」
「え?」
「……だから、プロポーズはオレからするって決めてるんだ」
「は……」

 赤司くんはポケットから取り出した指輪をボクの手に握らせた。鈍色をしたシルバーリングが手の中で光る。だけど、明らかに女性用のそれは、ボクでは左手の小指にしかはめられない。

「今度オレとお揃い買うまで預かってろ。それ、母さんの形見なんだ」
「お母さんの……?」
「そう、無くしたら終身刑ものだよ」

 赤司くんがまだ幼い頃に他界した、赤司くんの大切な人が遺したもの。そんなに大事なものを託されて、僅かに手が震えた。なんとも形容しがたい感情が、じわじわと胸に広がっていく。

「……あの、ボクも一緒に行きたいです」
「え、一緒に?」
「ええ、いけませんか?」
「わかった。じゃあ、いい日取りを選んでおいてくれ。黒子の暇な日とかじゃなくて、ちゃんと大安の日だよ」
「大安? なんでそこまでこだわるんですか?」
「だってその日が結婚記念日になるんじゃないか」
「……」

 もう一度、小さく悪態をついて顔を背ける。さっきより機嫌が良くなった赤司くんは「約束だよ」と言って、そっと小指を絡ませた。



 

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