黒バス

□星影の世界
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 シャワーの音が微かに部屋に聞こえてきて、なぜかそれがただのシャワーの音とは全然違うように聞こえて、手に持つシャーペンの先が吹っ飛んだ。
 はぁ、とため息を吐きながら、カチカチとシャーペンの頭を押して芯を出し直す。もうさっきから、この繰り返しばっかりで、ぜんぜん目の前のノートが埋まらない。

……たぶん。
 そのシャワーを浴びているのが、黒子テツヤだから、なんだろう。



「赤司くん、お風呂お先に頂きましたよ」

 と、部屋のドアが開いて、黒子が湯で火照った顔を出した。
 できるだけ普通の声で「ああ」と答える。それから、なるべく黒子のことを見ないように入れ違って部屋を出る。
 背中でドアを閉めると、思わずはああ〜っと盛大に息を吐いてしまった。
 きょうは黒子の両親も祖母もいないらしい。
 だから、というわけではないが、「お互いテストも近いし一緒に勉強でもしようか」と適当言って、黒子の家に来た。



(……我ながら下心半端ないな)

 と自分で呆れた。でも黒子は超がつくほど鈍感だから、気づかなかったみたいで、平気な顔でオレを招き入れた。
 濡れた髪とか赤い頬とか、そんなのに簡単にドキドキしてしまうあたり、オレも素直なものだと思う。

(……いや、だめだ! 黒子が嫌がるようなことはしない、そう決めてきただろ!)

 今こうして本来のオレがここにいられるのも、彼のおかげだ。中学の頃から散々大変な目に遭わせてきた黒子を大切に大切にしたくて、むくむくと頭の中を満たそうとやってきた妄想を追っ払って、風呂へと向かう。
 決して「ああ、黒子の使った後の風呂……。黒子がここに腰かけたりとかしたのか……」とか考えたりはしていない。

 にやけそうになる口元を隠しながら部屋に戻ると、なぜか室内が真っ暗だった。
 疑問に思いながらもそのまま部屋に入ると、「痛いです」という声と同時に、なにかに引っ掛かった。

「黒子?」
「そうですよ、蹴らないで下さい」
「そんなところでなにしてるんだ」

 パチッと近くにあるスイッチを触り電気をつけると、眩しそうにオレを見上げる黒子と目が合った。
 黒子は床に布団を敷いて、もう寝る準備満々だったらしい。

「黒子、オレが布団で寝るから、お前はベッドを使え」
「別にいいですよ……、もう眠いですし」

 くそ、こんな状況になったんじゃ、もうニャンニャンとか考えている場合じゃない。
 しゃがみ込んで、黒子の身体にかかる布団を引っぺがす。ぶすっとした顔で睨まれたけれど、甘い、オレにはそれすらかわいく見えるよ。

「なにするんですか、赤司くん」
「お前はベッドに行け」
「布団でいいって言ってるじゃないですか、それに、赤司くんはお客さんですから」
「べつにベッドでも布団でも変わらないよ」
「じゃあ赤司くんがベッドに行って下さい」
「……オレ布団がすきなんだ」
「さっき変わらないって言ったじゃないですか」

 いいから布団返して下さい、ともうしっかり目が覚めてしまったらしい黒子の手が伸びてくる。……来たんだが、まだ身体が眠気から完全に抜けてなかったのか、そのままくしゃりとオレの腕にくっつく。
 情けないことに、たったそれだけのことなのに、オレの心拍数が上がる。

「赤司くんがベッドで寝ればいいじゃないですか」
「だから……、オレは家主の黒子にいい寝心地を提供してやろうとだな、」
「それならボクだって、お客さんである赤司くんにですね、いい寝心地を……」
「キリがないよ」

 まったく、ほんとう変なところで頑固だ。
 でもそれは、お互い様ってやつなのかもしれない。
 仕方なく、黒子に布団を返してやる。ちょっと笑って、黒子がそれを受け取る。
 布団をかぶって寝ようとする黒子のそばを通り、電気を消す。それから、また蹴らないようにそっと戻ってきて、黒子の隣に潜りこんだ。

「え、赤司くん?」
「もうめんどくさいから、いっしょに寝よう」
「……悪くないです」
「だろう?」



 



 柔らかい黒で染められた部屋の中に、カーテンの隙間から銀色の光がちらちらと揺らめく。
 きれいだな、と眺めていたら、もぞりとすぐそばの布が動いて、振り向いたら、すごく近くで黒子と目が合った。

「黒子……」
「赤司くん、近いです」
「……」

 黒子の手に阻まれて、渋々顔を離す。
 と、また外の光に目を奪われている隙に、黒子の腕がオレの腕に絡んだ。
 予想外の行動にほんの少しだけ驚いたけれど、そっぽを向いたまま「黒子?」と声をかけてみる。

「……はい」
「眠いのか」
「違います」
「寒い?」
「いいえ」

 首を振ったのか、さわさわと腕に髪が触れて、また心臓が跳ねる。引き寄せられて、思わずそちらを見れば、黒子がオレの肩に頬を擦り寄せて目を閉じていた。


「……きょうの黒子は、ずいぶん甘えただな」
「笑わないで下さい」
「ははっ、ほんとに……」

 ほんとに、かわいい。
 肩を揺らして笑えば、「笑わないで下さい」ともう一度呟いて、ぎゅっとオレの腕を抱きしめた。

(ああもう、反則だ)

 小さく小さく、閉じた瞼にキスを落とす。くすぐったそうに眉が寄って、黒子が笑う。

「甘えんぼですか?」
「それは黒子だろう?」
「……じゃあ、甘えんぼついでに」

 どんなついでだ、なんて言おうとしたら、黒子の腕がオレの腕から離れて、そっと首にまわってくる。
 一瞬の内に唇になにかが触れて、もう次の瞬間には、目の前で微笑む黒子がいて。


「ああ、もう……」

 布団の中に潜る。
「ふふ、なんかかわいいですよ、赤司くん」なんて声が遠くで聞こえたけれど、それどころじゃない。あんなの反則だ。もうオレ、こんなに心臓うるさいの、ほんとうにオレ死ぬんじゃないのか。

「赤司くん?」
「……今、話しかけるな」

 また笑う声と返事が返ってきて、オレは黒子に背を向ける姿勢で布団から顔を出した。冷えた空気に、頬の熱さが溶けていく。


「……黒子」
「はい?」
「きょう、来る前から思ってたんだ」
「はい」
「黒子が嫌がることはしない。自分がされてうれしいことを、黒子にしてやろうと思ったんだ」
「はい」

 キスしていいか? と尋ねると、返事の代わりに背中に温もりがくっついた。
 静かに振り向いて、目を閉じる黒子の唇をそっと塞ぐ。
 離れたら、「それだけですか?」と煽るみたいに不敵に笑われて、

「あんまり調子に乗ってると、唇びろびろになるくらいするよ」

 とからかうと、「それも悪くないですね」とまた笑われて、やっぱりこいつには敵わないなと思わされて、心臓が過労死するの覚悟でオレはもう一つ、甘えたに甘ったるいキスを贈った。





星影の世界
(これからもちゃんと、そばにいて)

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