黒バス
□デレデレしないで!
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「征ちゃん」
「ん?」
冷やしたタオルを首にかけて、コートの音に耳を澄ましていた征ちゃんに声を掛ける。
「どうした、実渕」
「……体力は、まだあるのよね?」
「当たり前だろ、試合が終わってジェットで東京まで飛ばして行って黒子に会って、そのままできる位有り余ってるよ」
「やめなさい、下品よ」
わざとらしくため息を吐くと、征ちゃんはまったく気にしていない様子で、「早く黒子に会いたいな」なんて呟いていた。
主将に色々意見するつもりはないけれど、今はチームのみんなでバスケをしているのよ。誰よりもバスケに真っ直ぐ熱中するのは、征ちゃんであるはずなのに。
「きょうの征ちゃん、なんだか変よ」
「プレイがかい?」
「違う、態度よ」
「別に普通だよ」
「……どこが?」
アタシが眉を顰めると、征ちゃんはにやりと笑った。
「全然集中してないわよ。テツヤちゃんがどうとか、試合中に言うことじゃないでしょ」
「……自分から言うのも少し抵抗があって、あまり言いたくはなかったんだが」
「え?」
意味がわからなくて聞き返すと、彼は言った。
「オレはきょう、何としてでも今までにない最高のプレイをして、この試合に勝利したいと思っている」
「……なによそれ」
首を傾げた瞬間、征ちゃんの返事を聞くよりも早く、相手校が取っていたタイムアウト終了の声が降り掛かってきた。
結局理由も聞けないまま、アタシ達はコートに散った。
「赤司ナイッシュー!!」
「このまま後半もぶっちぎるぞ!」
小太郎と永吉が征ちゃんの背中を叩いてベンチに戻っていく。
アタシは、こんな時にも関わらず、さっきのベンチでの会話の続きが気になって仕方なかった。情けないことに。
「実渕、戻らないのか」
「きょう最高のプレイをしないといけない理由、さっき聞きそびれたもの」
「ああ、あれか」
征ちゃんが少し照れたみたいに笑う。このかわいい顔は、最近になってみせるようになったものだ。……黒子テツヤ関連の話をしているとき限定で。
片手で口元を隠して、「葉山や根武谷に言うんじゃないぞ」と念を押した。
「……どうして?」
「いいから。特に葉山にはバレたくない。女々しいと思われるかもしれないからな」
「まぁ、よく分からないけど……いいわ、言わない」
「絶対だよ」
「ええ、絶対」
「really?」
「……イエス」
……なんか妙にくどいわね。でも、征ちゃんのことだもの。機嫌を損ねると教えてくれないだろうし、仕方なく付き合う。
「誓うか?」
「はいはい、誓います」
未だベンチに戻らず、コートの端で話し込んでいるアタシ達を、みんなが見ていた。
腰を叩いて、征ちゃんを急かす。
「きょう、記念日なんだ」
不意の言葉に、頭が真っ白になる。
きねんび、キネンビ、ああ、記念日ね。
「誰かの誕生日かなにか?」
「いいや、付き合い始めた記念だよ」
「……誰と?」
まったく、幸せそうなんだから。
言いたいだろうから、聞いてあげる。
……でもこんなことで百倍もやる気を出すような子だったなんて。
「勿論、赤司征十郎と赤司テツヤ……ああすまない間違えた。まだ黒子だったな」
「はいはい、お幸せに」
やっぱり聞いたアタシがばかだったわ。
監督、相手チームの皆さん、迷惑かけてごめんなさい。
小さく息を吐いてもう一度吸うと、バスケ の匂いがした。
バスケして、寝て、遊んで、勉強して、ご飯を食べて、仲間と騒いで、すきな人と恋をして、そんな毎日が実はすぐ隣にいる。
バスケだけが独立してそこにあるのではなく、彼もあの子もアタシもあの人も、みんなバスケから離れれば普通の一人の人間で。
そういうたくさんの人が繋がってバスケが紡がれ、そこにいる人の数だけの色で描かれていく。
だから、きっと、アタシもあの子も、この絵から目を逸らせないの。
テツヤちゃんも。小太郎も。永吉も。先輩も。監督も。誠凛や海常や桐皇に秀徳、陽泉の人達も。いつかのNBAのスターも、それを追い掛けるキャスターも、ストバスをする青年も、純粋にボールを追う子供達も、選手を応援する女子生徒も。
バスケの生の美しさを知っているのね。
テツヤちゃんに、彼はあの頃のような最高の笑顔で勝利を送りたいのだろう。
テツヤちゃんに、あの頃のような最高の笑顔で褒めてもらいたいのだろう。
手を伸ばして、もがいて願って、誓って祈って、結局最後はあの子が自分勝手に手に入れた勝利の色は、それでもアタシにとって最高に、綺麗だった。
デレデレしないで!
(だって大すきなんだもん)
* * * *
「おはよ、征ちゃん」
「やあ、おはよう」
「きのうはお疲れ様」
「……もうきのうの話はするな」
「あら、あんなに圧勝で帰ったのに、どうしたのよ」
「……黒子が」
「テツヤちゃん?」
「記念日だって言ったら『何ですかそれ、赤司くんそんなこと覚えてたんですか? 女の子?』って」
「あらまぁ」