黒バス

□いのちのおと
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 とくん、とくん。

 安定した心音が耳の奥に響く。その優しい音に擦り寄るように、頭を赤司くんの胸元にぴったりとくっつけた。


「鬱陶しい」
「じゃあ離してください」
「黒子が頭を離せばいいんだ」
「赤司くんがボクを抱きしめるのをやめればいいじゃないですか」

 ボクをきつく抱きしめる赤司くんの胸元に、ボクは頭を預ける。
 ボク達は未だ人肌を移した布団の中にいた。布団の中と外部とでは大分温度に差がある。
 気だるいのは雨のせい。
 乾燥した空気が一変、水気を含んだ湿った空間に変わった。いつも歩む道にも水たまりがいくつもできているんだろう。見ていなくても、容易に想像できた。


「……寒いでしょうね、出ると」
「春とはいえ朝は冷えるからな」
「その上雨ですしね……」
「出たらどうだ?」
「いやです、寒いですから」

 そう言ってより強く頭を摺り寄せ、耳を赤司くんの心臓の中心へ寄せる。

 とくん、とくん。

(……あたたかい)

 この乱れることのない一定の音が酷く愛おしい。この音が、このあたたかさを生み出しているのだと思うと尚更だった。

「鬱陶しいよ」
「じゃあ離してください」
「いや」
「ボクもいやです」

 降り注ぐ雨は途切れることなく、地面に、屋根に、木々に、石にぶつかって雨音になる。
 その音も一定ではあるものの、少しもあたたかくない。ただ冷たくて、憂鬱だった。

 だけどそんな雨も、たまにはいいものだと思えるんだ。こうして気だるさに身を委ねて、なんの恥じらいもなく甘えられるのだから。
 寄り添っていたいのは雨のせい。雨のせいで、肌寒いから。
 肌寒さのせいで、人肌恋しいから。
 だから寄り添う、触れ合う。そして寂しさを埋めるように甘えたくなるんだ。これも雨のせいだ。

 静かに目を閉じる。直接鼓膜を揺らす赤司くんの心音と、逆の耳から入り込む雨音とが入り混じり、不協和音を奏でるようだった。
 その音を黙って聞いているうちに意識はまどろみ、あたたかさに全てを持って行かれる。

「……眠いならまだ寝てなよ」
「……はい……、そうします……」

 そのまま深い眠りへと誘われていく。
 とくん、とくん。
 穏やかな心音を聞きながら。

 
* * * * *

いのちのおと
(ボクだけの子守唄)



 雨音が少し強くなったように感じた。
 胸元に眠る愛おしい熱の塊を抱いて、オレも眠りの底へ向かう。

 雨は止みそうもなかった。

 

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