黒バス

□白ではない黒でもない
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 結局の所、疎通なんか無理なのだ。それぞれ違った観念があって、違った捉え方があって、そうして成り立つのが人間なのだと語る本を読んだ記憶があった。
 なるほど、それならば。今この状況も、自分には到底理解出来ない事も頷ける。黒子は観念したように身体を横たわらせ、拘束された手首と足首を少しだけ動かした。

 足首と手首に巻きつくのは藁を編んだような紐。これが中々丈夫で、拘束を解こうと擦るように動かしても、悪戯に肌を痛めつけてしまうだけだった。
 このような仕打ちを施したのはチームメイトである赤司だ。一体何を考えているのやら。
 猟奇的な一面が強いのは知っているが、こんな事をされたのは初めてだった。
 これでは身動きが取れない。当の赤司はと言えば、鮮やかな手つきで拘束を済ませると、何処かへと消えてしまった。
 もしかするとこのまま戻って来ないのではないだろうか。一抹の不安が黒子の頭を過ぎった。

「何なんでしょう、あの人……」

 拘束された両手。それを仰向けの状態から、真っ直ぐ天井に伸ばすようにして上向かせる。見慣れた天井が別世界のように思えるのは、この拘束された手首が視界に映るせいだろう。

「黒子」

 声がする。赤司だ。身体を捻らせ、顔をドアの方に向ける。そこには、微笑みを携え佇む赤司の姿があって、両手にそれぞれ何か持っている。何を持っているかはよく見えない。
 しかし心なしか、 陽炎のように赤司の左半身が揺らいで見える。次いで右手を凝視するも、何を持っているかまではよく見えない。

「赤司くん……どうしてこんな事したんですか?」
「いい加減、ケリをつけようと思って」

 そう言い、まずは右手を頭まで持ち上げて、手に持っている物を掲げる。花だ。手折ったばかりなのだろう。葉先が翳る事無く、未だ美しく咲く花の姿を保っている。

「ケリ?」
「いい加減、この手緩い現状が物足りなくなってね。黒子には二つの選択肢を与えよう」

 花を握る手を胸元まで下げ、赤司は真っ直ぐ横たわる黒子の目を射抜いた。

「赤司くん……」

 もはや逃げる事は出来ない。彼はさせない。そんな選択を与えるだろう。

「オレを愛し、共にいるのなら、この花を捧げよう。オレから離れていくのなら、」

 ゆらり、と左手が顔の高さまで持ち上げた物は

「オレと共に、焼け死のう」

 赤々とした炎を揺らす、松明。

 轟々と燃え盛る松明を持つ赤司の顔が、炎を映していやに明るい。そしてやはり陽炎で揺らいで見える。
 変わらない猟奇的なその眼差しも焔のように燃えていた。

(……ああ、もう)

 本当に、こんな戯事など。疎通できて堪るか。諦めたように目を閉じて、答えを言うべく口を開いた。それが果たして彼に通じたのかは、誰も知らない。

 極端。そう、極端だ。どういう例えをしようか少々考えてしまったが、ピンと浮かぶこの二文字がぴったりだ。赤司は極端だ。黒子は弾き出した答えに胸中で一人納得していた。
 白黒ハッキリしている。それは決して悪い事では無いのだけれど。時と場合によってはその中間、灰色の答えもある。むしろその方が多いだろうし、こっちの方が平和に物事を解決できる。
 無用な争いは何も生まない。だからこそ、中間は大切なのだ。なのだが、赤司はそれを嫌った。今も極端な返答以外は断固として認めないようだ。

「さっさと答えてくれないか」
「ですから……君の事はきらいではありませんし、人としてすきですよ。……ですが、君の言うすきとは種類が違います……」
「じゃあ、きらいだという事か」
「ですから、きらいじゃないですってば」
「じゃあすきかい?」
「すきかきらいかなら勿論すきですよ」
「なら問題ないだろう」
「大有りです」

 ついさっき、赤司は想いを告げた。ただ一言「黒子がすきだ」と。
 飾り気の無い真っ直ぐなその告白が、思いのほか真剣で澱みの無い言い方だったものだから、不意打ちを食らった黒子とすれば面食らうばかりだ。
 黒子も、素直に気持ちは嬉しい。勿論赤司の事はすきだ。が、赤司のような恋慕の情による種類のすきではない。人として、すきだった。それはきらいという事では決して無い。
 しかし、その答えでは不十分らしい。

「それなら何故はっきり言わないんだ。一言きらいだと言えば済むだろう」
「きらってもないのにそんな事言えません」
「どっちなんだ」
「ですから…!はぁ、もう、赤司くんの分からず屋!」

 さっきからこればかり。いい加減、黒子も溜息が出てしまう。

「もう、何でそんな白黒はっきりさせたがるんですか……」
「……そっちの方が、まだ親切だろ」

 そう言って俯き、赤司は手を握る。

「中途半端な答えで希望をちらつかせて惑わすのは、残酷だろう?それならば最初からはっきりと叩き落してくれた方が良い」
「え…?」
「そんな偽善、いらないんだよ。オレは」

 言いながら、ぎろ、と睨むようにして凄んだ。その顔つきがひどく禍々しく思えて、黒子は思わず肩を竦めた。

(何て力強い眼力だろう)

「明確な答えをくれないか。オレが納得できる答えを」
「答え……?」
「それをくれないのなら。このまま中途半端でいるつもりなら。何度でも、言ってやる。白黒はっきりしてくれるまで。黒子がすきだ。夢に見るほど愛しいんだ」
「……あの、」
「すきなんだ、黒子」
「……っもう……!!」

 今の黒子が出来る事と言えば、困り顔でそう返すくらいしか見つからなかった。

 禍々しい表情の裏側に、人を愛する君の顔がある。

(それを思えば、突き放せないのに)


 一か零か。白か黒か。良いか悪いか。すきかきらいか。必要か不要か。
 二つに一つの答えが正しい。
 この世は対極になる物事により形成している。中途半端で曖昧な決断は残酷だ。その気も無いくせに思わせぶりな態度を取るようにはっきりとしないから人は、ついまだ望みがあるのではないかと思い上がってしまう。
 灰色の答えなんかいらないのだ。お茶を濁す半端な答えは、世間一般的には確かに場を丸く治めるだろう。しかしそんなもの、姑息なその場凌ぎに過ぎない。
 中間の答えが人を傷つけない言い方だなんて嘘だ。争いが無いように仕向けるだけの、自分勝手な采配と何が違う。

 これは赤司の幼い頃から揺るがない信念のようなもの。現に、赤司の胸は先程から鋭い切っ先で突かれるかのように鋭い痛みを伴っている。

(それでもお前は、お得意の灰色の答えばかりだ)

「赤司くんの事は仲間として、一人の人間としてすきですよ。でも、それは恋愛のすきとは違うんです」

 そんな事赤司は知っている。分かっている。恋愛のすきとして想いを告げる者に応えられないのなら、例え人間として好いていると言われても。それは即ち、きらいだという遠回しの拒絶なのだ。

(本気で傷つけないと思っているのだろうか、この言い方で……)

 思っているのだろう。だから同じ事しか言わない。きらいではない、と。しかしその気持ちには応えられない、と。

(ああ、何て馬鹿らしい)

「……きらいなら、そう言ってくれ」
「だから、きらいじゃないですよ!」
「同じだ」
「違います!だって、ボクは……誰かをきらったりするの、いやだ……」

 この言葉が、赤司のぎりぎり保っていた何かを打ち切った。 ぴん、と張っていた何かが、びん、と音を立てた。
 その瞬間、酷く目の前がすっきりと輝いて見えた。濃い霧が晴れたかのような、そんな感覚だった。

「結局お前は逃げているだけだ」

 この押し問答を終わらせるにはどうすればいいのか。それが分かってしまった。

「逃げてなんかいません!こうやってちゃんと答えてるじゃないですか」
「納得出来ない答えを並べ立てて何を言うんだ」
 そう言って、黒子を睨みつける。あの禍々しい表情で。その夜を飲み込んだかのように赤い目には

「……お前は、悪者になりたくないだけの卑怯者だ」

 困惑に揺れる少年が、硝子球に入り込むかのようにして映り込んでいた。その姿が今だけは憎らしい。きらいならそう言えば良いのだ。
 それなのに、それをしないのは。

「どうせきらいだと言って、オレが……仲間が、自分の下から消えるのが嫌なんだろう」
「っ、それは…」

 結局は自分の為なのだ。

(ああ、全く馬鹿らしい。中間の答えなんか。少しもやさしくない)

 ただ傷口がじくじくと広がって。膿んでいくだけ。

(傷つけたくないから中間の答えしか言わないなんて偽善だ。本当は“傷つきたくないから”の癖に)

「黒子、答えてくれ。ただすきかきらいかを言うだけだ」
「え、と……」

 赤司は人としてすきだと言われても嬉しくも何ともない。むしろ、興味が無いという事を遠回しに言われているのに等しいその答えは残酷だとさえ思っている。
 赤司は、せめてはっきりとしてほしいと願った。それが真剣に想いを告げた者への誠実な対応であり、最低限の心配りではないだろうか。
 これはあくまで赤司の持論であって、それを強制するのはおかしいとも分かっている。それでも、やはり黒子の答えでは不十分だった。何より納得し難い。

「黒子」
「……も……」

 蚊の鳴くような小さな声がした。

「何だ?」
「……でも……分からないん、です」
「分からない?」
「す、すきかどうか、なんて……分からないんです……」

 人としてすき。仲間としてすき。友達としてすき。大切で、側にいて欲しいとさえ思う。
 ただそれが、友情としてなのか、はたまた恋慕によるものなのかが分からない。だから言えない。
 きらいと告げて、傷つけて、いなくなるのが怖い。そんな想いから明確な答えが言えない。現段階では、中間の答えで凌ぐくらいしか黒子には思いつかなかった。

「きらいなんて、とんでもありません……でもそれが恋なのかが分からないし……」
「…………」

 もし本当にきらいなら、自分の気持ちが分からないなんて事は無いだろう。だけど、未だ花開く事無く蕾のままでいるような、そんな淡い恋慕の情が黒子にもあるのならば、混乱して明確な答えが出ない可能性はある。それはつまり。

「……それは、期待をしても良いと解釈できるんだが」
「え?」

 無自覚に恋をしているのだとしたら。
 無意識にすきなのだとしたら。

「お前、どこまで鈍いんだ」
「に、鈍くなんてないです!多分……」
「はぁ……」

 溜息が出た。すると「そんな呆れた風に溜息吐かないで下さい」とぼやかれたが、それはこの場は聞かなかった事にして赤司は真っ直ぐ黒子を見つめた。
 恐らく、黒子はどこまでが人としての好意なのか、どこまでが恋としての好意なのか、その境目が分からないだけ。

(それならば、恋に引きずり込んでやろうか)

 それとも。

(それより深い場所へと誘おうか)

「黒子」
「……なんですか?」
「言い方を変えよう。すきじゃない、愛している」
「な、なにを言うんですか!?」
「真っ赤だな」

(なんだ、最初からこうして伝えれば手っ取り早かったのか)

 すきと愛では随分反応が違う。熟れた果実のような赤みを帯びた頬の方がよほど正直で明確だ。そして引きずり込んでしまえそうだと。
 赤司は静かに確信した。それまでは反応を見て楽しむ事にしよう。黒子の顔は更に真っ赤になっていた。





白ではない黒でもない
(ゆっくり色づく恋の色)

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