黒バス

□僕たち只今恋愛中
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「黒子」
「はいはい、あーん」
「あーん」

 隣から聞こえてくるあほな声をシャットアウトしたくて、テレビのボリュームを上げた。液晶の向こう側にいる芸能人の声だけを拾い集めて、頭を埋め尽くしてしまいたかった。
 それでも隣のバカップルの声を嫌でも拾ってしまう自分の耳を、引きちぎってゴミ箱に投げ捨ててしまいたい。そんなオレの悶々とした気持ちにも気付かず、赤司っちと黒子っちは延々とあほなやり取りを続けていた。

「赤司くん、指が黄色くなってしまいました」
「たくさん剥いてくれたからな、次はオレが剥いてあげよう。……ほら黒子、あーん」
「あーん」

 ミカンくらい自分で剥け!!
……とは言えない。人の家であることも忘れて完璧に浸っている二人の世界に罅など入れようものなら、赤い人にロープでぐるぐる巻きにされ、寒空の下放り出されるのが目に見えているからだ。或いは玄関から背負い投げ……。何にしろ碌な目に合わない。きょう既に二回の制裁を喰らっているオレは、流石に学習していた。
 一度目は間接キス狙って黒子っちのバニラシェイクをねだった時。「一口だけですよ?」と差し出してくれたストローに口を付けようとした瞬間、赤司っちの強烈なアッパーがオレの顎にクリーンヒットした。モデルなのに!
 二度目は何故かケンカを始めた青峰っちと火神っちに突き飛ばされて、黒子っちにぶつかっちゃって、一緒に転んだとき。
 とっさに庇ったから抱き締めるみたいな形になって、嬉しいハプニングに少し照れながら起き上がると、赤司っちが鬼の形相で青峰っちと火神っちの尻に回し蹴りを喰らわしていた。
 ちなみにオレは黒子っちを取り上げられ、ほっぺたを抓り上げられた。それだけですんだのは、黒子っちを庇ったのが赤司っちも分かっていたからだろう。



 反対隣の青峰っちをちらりと見ると、タンクトップでこたつに入り、寝そべってテレビを見ていた。季節感が狂いそうだ。青峰っちの格好は寒いのか暑いのか分からない。
 青峰っちの隣には紫っちがいて、パーティー開けにしたポテチを二人でつまんでいる。この二人のこの無神経さ。少し羨ましい。緑間っちはと言うと、彼も二人の隣に座ってしまったわけだが、慣れているのか呆れているのか、特に気にしてはいないように見えた。



「赤司くんが剥いてくれたミカンは美味しいですね」
「かわいいこと言うね、黒子」
「ほんとのことですよ? すきな人が剥いてくれて、あーんしてくれたミカンは格別です」
「……そうだな。でも、もっと美味しい食べ方があるんだよ?」
「なんですか?」
「まずはオレが口にミカンをくわえるんだけど」
「はい、あーん」
「ん。ほえを、ふろほほふひひ……」
「人ん家でなにしてんだテメーらは!!」


 家主である火神っちの突然の怒鳴り声に思わず振り向くと、オレの目に映ったのは、口にミカンをくわえた赤司っちが、黒子っちにそのまま口移しでミカンを食べさせようとしている図だった。

「おい黄瀬! お前らの元主将どうなってんだ! シカトぶっこいてねえで止めろよお前らも!」

 そんな怒られても……! 火神っちは未だに赤司っちの恐ろしさを分かっていないのだろうか。彼は黒子っちとのラブタイムを邪魔されるのが一番きらいだというのに!

 緑間っちがため息を吐く。紫っちは一瞬だけ食べる手を止めて、青峰っちは大きくあくびをした。


「……止めても無駄なのだよ」
「そーそー、赤ちんの言うのは絶対だし〜。黒ちんとの邪魔したら怒るもん」
「俺動きたくねえし怒られたくもねえ」

 各々の思いを口にするも、よく見ればみんな表情はすこし険しかった。……そう。赤司っちと黒子っちの会話を目の当たりにしても平然としていたのは、きっとそう取り繕っていただけ。そして今も。
 この妙なムードの中、渦中のふたりは一体どんな表情をしているのだろうか。
 情けないながらも、おろおろと狼狽えながら、もう一度赤司っちと黒子っちに視線を移す。

 赤司っちが口にくわえたミカンはいつの間にか無くなっていて、変わりに黒子っちがめったに見せない満足そうな顔で、もごもごと口を動かしていた。





……プッツン。

 オレの中で、何かが切れる音がした。




「……火神っち! オレだってすきでこんな頭と胸の痛くなる会話聞いてるわけじゃないんスよ!」
「なに言っ、……なんで半泣きなんだよお前!」
「わぁぁぁん! オレだって黒子っちとイチャイチャしたいっスよー!」

 両手で顔を覆って、ソファーにダイブする。「あほか! 知ってたけどあほだろお前!」と火神っちの声が降ってきて、何だか自分でも訳が分からなくなって大声で黒子っちを呼びながら喚いた。

「黒子っち黒子っち黒子っちー!」
「喧しいのだよ!」
「黄瀬ちんうるさいよー」
「だって赤司っちが見せつけてくる! わざとらしいっスよあの人!」

 不思議なもので、怖かったはずなのに、一度吹っ切れてしまうと次々と言葉が出てくる。尤も、言ってしまった後にはどうしようもない恐怖に包まれているわけだが、それでも唇は勝手に動いてどんどん感情を吐き出していく。

「……黄瀬くん」

 頭上から真っ直ぐ耳に落ちてきた、優しくて凛とした声。黒子っちだ、大すきな黒子っちの声だ。


 黒子っちがオレにとって特別な存在であるように、赤司っちが黒子っちの特別であること、悔しいけど、それが黒子っちの幸せなら、ちゃんと飲み込んで生きて行こうと思っていたはずなのに、だめだ、無理だ。黒子っちのさり気ない一つ一つの仕草にさえ、すっごくドキドキしちゃうオレがいるから。ああ、すきなんだって、ばかみたいに思う。



「黒子っちぃ……」
「黄瀬くん、君の気持ちは嬉しいんですが……ボク、将来赤司くんと結婚するんですよ」
「なに言ってんの!?」


 えー! 急になに言ってんの!? 黒子っちまでなに言っちゃってんの!?


「け、結婚ってなんスか!? 外国にでも行くんスか!?」
「そのつもりなんですよね、赤司くん」
「ああ、式を挙げたら日本に戻るけどね。……黒子、まだ正式にプロポーズしていないのに、黄瀬にそんなこと言っちゃだめじゃないか」
「あ、すみません。……プロポーズ、してくれるんですか?」
「ばか、焦らずにもう少しだけ待ってくれ」

 なんだこれ……。突然の暴露と広がって行く甘ったるい会話に益々頭が痛くなる。
 呆然として口をぱくぱくしていると、赤司っちがにっこりと笑った。あああああ、怖い……!!

「で? 黄瀬、オレの黒子と何がしたいって?」

 ぐぎぎぎぎ、と首を曲げ、火神っちに助けて助けてと念を送る。無視される。

「ねえ、言ってごらんよ?」
「ぐえっ」

 無理矢理首を赤司っちの方へ向けられ、潰れたカエルみたいな声が出た。モデルなのに! オレでも知ってる有名なことわざを思い出した、二度あることは三度ある。結局オレは絶対君主赤司っちに本日三度目の制裁を受ける羽目になってしまったのだった。







(後悔するくらいなら苦しくても痛くても!)





end


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