黒バス

□sugar romance
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「黒子」

 逞しい腕に背中から抱え込まれる。骨張った掌に、ぎゅっと引き寄せられる。

「あ、赤司くん」
「ん?」
「グラフがずれました」

 ほら、と眼前の画面を指差す。
 ノートパソコンの光るディスプレイの中で、折れ線グラフが変な形をしていた。なんて急激な増加なんだ。
 赤司くんが押したせいで、指先がぶれてしまったのだ。

「ああ、すまない」

 なんて謝りながらも離れる素振りを見せない赤司くんを、軽く肘で小突く。

「このレポート、きょう中に終わらせたいんですよ。邪魔しないで下さい」
「って言われると邪魔したくなるのが、人間の心理だね」
「最低です……」

 軽く睨み付けると、彼は笑った。




 赤司くんと暮らし始めてから、約三年が経った。
 あっという間だった気がする。
 出会った頃から変わらないやさしい笑みが、ボクは変わらず、ずっとすきだ。
 照れ臭くてまだちゃんと言ったことはない。たぶん口にしなくたって、分かってくれている。だって、今までこうして、やってきたんだから。

 ふう、と一つ息を吐くと、「そうそう」と赤司くんが頷いた。
 首を傾げる。

「何がですか?」
「黒子は少し根詰めすぎだよ。ほら、肩凝ってる」

 ゆるりと触れてくる指先に、ほっとする。優しい指先を、温かく思う。

「な、三号」なんて言いながら、傍らの子犬を赤司くんが撫でる。ボクもそれに倣って笑いかけると、パタパタと愛らしくしっぽを揺らした。小さな微笑みが零れる。
 高一の時に拾ったボクにそっくりな犬、テツヤ二号。その子孫を一匹、ボク達は引き取った。


「そうですね。ちょっと休憩します」
「よし。黒子、コーヒー淹れて」
「……コーヒー飲みたかっただけですか」

 じとっと睨むと、赤司くんが苦笑を洩らす。その表情は、最近になって見せるようになったものだ。
 どんどん、どんどん、大人になっていく彼をずっと見てきた。
 いつの間にか背が伸びて、筋肉がついて、骨格が整って、表情声が瞳が昔よりもずっと大人になって。何だか少し、置いてきぼりをくらった気分にさせられる。
 だけど、いつも側にいて、いつも微笑んで、いつもと同じ言葉を、口にするんだ。

「黒子のがいいんだよ」
「……しょうがないですね」

 そんな風に言われたら、断れないじゃないか。

「そう言えば、紫原が来月こっちに来れるって言ってたな」
「じゃあ一番遠い紫原くんに合わせて日にちを決めましょう」

 たまにみんなの予定を合わせて、ストバスをする。その時に元チームメイトやライバルがみんな集まって、ばかみたいに騒いで、あの頃と同じようにボールを追うんだ。
 あの日とどれだけ違いがあったって、コートを走り、たった一つを追い続けた今までが、ボクと赤司くんを繋いでいると思う。
 見えない何かが、みんなを結んでくれていると思う。





 ふう、と息を吹き掛けると、深い色の水面が揺れる。白い湯気が踊る。
 なぜかその様が面白くて、何度か繰り返し、ちょっと笑う。
 赤司くんが「どうした?」と微笑む。

「いえ、何だか面白くって」
「何だそれ」

……わ。
 くすっと笑った赤司くんが、一瞬すっごく大人っぽく見えた。同い年だとは思えないくらいだ。
 思わず固まってしまった。

 そこに、赤司くんの冷たい指がそっと触れる。頬を撫でられ、赤司くんの指がなぞった所が熱くなる。

「あの……赤司くん?」

 戸惑って上目遣いに赤司くんを見たら、わしっと髪を混ぜられる。

「わっ、なんですか」
「黒子、きょう何の日か知ってるか?」
「きょうですか?」
「ああ」

 電話横のカレンダーに目を向ける。きょうの日付に水色のペンで描かれた星マークが付いてる。

「あ……」
「今年も忘れてたんだね」
「ボク、きょう、誕生日……」
「正解」

 赤司くんが冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。

「まったくお前は、オレの誕生日は毎年忘れないくせに、自分のこととなると完璧に忘れて」
「……赤司くんだって。……というか、すごく恥ずかしいんですけど、これ」

 ボクが頬を掻きながら目をそらしたら、赤司くんが笑った。

『たんじょうび おめでとう てつやくん!』のチョコレートプレートが、白いクリームの上で誇らしそうに立っている。



 煌めくローソクの光が、往く歳に優しい色を灯す。そうだ。嬉しいんだ。

 嬉しくて嬉しくて。嬉しい。
 赤司くんのその気持ちが、ボクは嬉しい。ずっと願っていた。こうして赤司くんとふたりで、特別な日を迎えること。赤司くんと出会えてよかった。赤司くんをすきになってよかった。いつか一緒に暮らそうと言ってくれた赤司くんを信じて、本当によかった。




 ちゅ、と不意に触れてくる唇に、頬が染まる。
 額を合わせて見つめたら、すごい至近距離で目が合う。自然と引かれ合い、もう一度唇を重ねる。

 ケーキだとかプレゼントだとか、本当はどうでも良くなっていた。

 ふたりで居られること。

 赤司くんと居られること。

 重なった唇。

 互いの熱。

 それだけで十分で、幸せで、温かくて、満たされて。




「黒子、おいしい?」

 はい、すっごくおいしいです。
 赤司くんと食べれば、何だって。
 君と居られれば、何だって良い。


「ありがとうございます。……征十郎くん」
「……テツヤのその笑った顔、すごくすきだよ」

 もう一度ちゅっと鳴った唇に赤くなりながら、また来年も、と祈った。

 また来年も、こうして赤司くんに祝ってほしい。赤司くんに一緒にいてほしい。
 だからボクも。
 ボクも、赤司くんのずっと近くに、いてあげたいから。






sugar romance
(温かい幸せをひとさじの砂糖と溶かしたら、それは永遠よりも甘くって)







 

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