黒バス
□エレクトリックウェーブに乗せて
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静かな部屋に着信を知らせるメロディーが鳴り響き、机の上の携帯がヴヴヴッと震える。
深夜、もう十五分程であしたになる。そんな時間に電話なんて常識がない。うとうとと浅い夢のまどろみの中にいたボクはすこし不愉快になった。
無視して寝てしまおうかとも少しだけ思ったが、いつまでも音を鳴らしながら震えていられるのも鬱陶しい。もぞりと布団から顔を出し、仕方無く、携帯を手に取る。
そして暗闇に光るディスプレイを確認した瞬間、ボクは急いで携帯を開いて、通話ボタンに指を伸ばした。
「も、もしもし」
「やあ黒子、やっと出たね」
「やっとって、時間考えて下さいよ」
喉まで出かかった溜め息を呑み込む。
どうせ相手の意見なんて初めから聞く気のない彼だ。
――赤司征十郎。
ディスプレイに映った名前が瞼の裏に甦る。自然に口元が緩んだ。
「いいじゃないか。黒子の声が聞きたかったんだ」
「なんですか、それ。なにもこんな夜中に掛けてくることないじゃないですか」
「起こされて怒ってる?」
「怒ってます」
「相変わらず正直だね」
はは、と電話の向こうで赤司くんが笑う。口から出る言葉とは裏腹に、携帯を押し当てた耳に熱が灯る。手に力が入る。
「どうかしたんですか?」
「用が無くちゃ、掛けたらいけないのか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「じゃあ良いじゃないか。オレは黒子と話がしたい」
「……そうですか」
別に怒ってなんかない。君なら、こんな夜中の電話にだって付き合う。本当はもっと、もっともっと、君の声が聞きたい。
そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、赤司くんにしては珍しく、しばらく他愛ない話を続けてくれた。電話越しに聞こえる声はやさしくて、微かに聞こえる息遣いでさえも恋しくて愛しくて仕方がない。
左耳から秒針の音、右耳から君の声。真ん中のボクの心臓は鳴り止まなくて、姿の見えない赤司くんの存在が、耳を通りボクを包み込む。
「――風邪引かないようにな、お前のことだから、しっかり布団にくるまっているだろうがな。三枚くらい」
「……ボク、そんなに寒がりなイメージですか?」
「まぁね」
「……赤司くん」
「うん?」
久々の愛しい声に、募る気持ちが心を囃す。すきです、大すきです、会いたいです。
「あの、」
「あ、ちょっと待て」
「え?」
制止の言葉に、喉まで出かかっていた気持ちを呑み下す。それを遮った赤司くんから続くはずの言葉は聞こえてこなくて、「赤司くん?」と尋ねたのと同時に、カチリと秒針が午前0時を指した。そして、
「誕生日おめでとう、黒子」
「え……」
耳から携帯を離し、日付を確認する。一月三十一日、そうか、きょうはボクの……。
おず、と耳にもう一度、携帯をあてる。
「夜中に悪かった。だけど、一番に言いたかったんだよ、どうしても」
「赤司くん……」
「黄瀬あたりが日付が変わった瞬間メールでも送りそうだしな。そんなの悔しいじゃないか」
「……あ、メール来てます」
「やっぱり」
「赤司くん」
「うん?」
「……ばか」
「なんだそれ」
はは、と赤司くんは笑う。
本当に、ばかだと思う。
こんなボクなんかのために。たかだか一言のために。あくび噛み殺してるの、知ってる。たった一行のメールでだって、ボクは嬉しくなれるのに。
きっとボクは、凄く幸せなんだと思う。
十五才の最後まですきな人と話せて、十六才も一緒に迎えて。
こんなにも、赤司くんに沢山温もりを貰って。
赤司くんの声を聞くだけで、あたたかな気持ちになれる。まるですぐ隣に君がいるかのような。
「起こして悪かった。またプレゼントを持って会いに行くよ。おやすみ」
「待って下さい、赤司くん」
切られそうになった会話を引き止める。
まだ、もうちょっとだから。
一つ歳をとったって、言葉になんかできない。たった一日で変わることなんてできない。まだ、赤司くんの背中には追いつけない。でも。
「……いつか、赤司くんとふたりで、赤司くんの隣で、迎えたいです」
赤司くん、迎えにきて。まだ、お互いに自立していないし、バスケをしていたいし、君しかいらないなんて言えないけれど。いつか。いつか。
「黒子、オレのことすき?」
「大すき、です」
当たり前のことを聞かれて、即答する。
「……おやすみ、黒子」
「え……」
プツッと電話が切れる。赤司くんの声はもう聞こえなくて、変わりにツー、ツー、と冷たい電子音が耳に届くだけだった。
さっきまでの時間が、夢のようだ。
ぼうっとしたまま、通話中に届いていたメールの受信ボックスを開く。新着メールが三件、黄瀬くん、桃井さん、小金井先輩。
「あれ……?」
また一件。新たなメールが届く。他に日付が変わった瞬間なんかに送ってくれそうな人って誰だろう。
「……っ」
届いたメールを見て、息を吐く。
『一緒に暮らそう。そしたら、毎年一緒に迎えられる。あと二年で結婚だ』
赤司くんのばか、こんなにばか、生まれて十六年の中で会ったことがない。
顔が熱い。
なのに、胸が高鳴って、嬉しくなる。
ボクも、いい加減ばかだと思う。
十六才の初め、すきな人から初めて届いたメールは、とんでもないプロポーズだった。
エレクトリックウェーブに乗せて
(スターダストを飛び越えて!)