黒バス

□君の棲む温かい冬
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 先日までの寒さが嘘かのように、この日の気候は穏やかな温もりを帯びていた。ひだまりに包まれた窓際の席は思考を弛緩させ、眠気を誘う。
 そこに腰掛けるボクもその例に漏れず、浅い眠りに身を任せていた。読んでいた本を閉じ、机に突っ伏す。高く昇った太陽からの程良い熱に口元を緩めながら、ゆっくりと肩を上下させる。
 浮遊感を伴うまどろみの中、不意に頭を撫でる確かな重力を感じた。もとより浅い眠りであった為、ボクの意識は簡単に浮上する。

(……赤司くん……?)

 夢心地のまま、手の主を推測する。現在図書室にはボクと赤司くんの二人しかいないのだから、その結論に至るにはさして時間はかからなかった。
 指先で、掌で。慈しむようにして頭を撫でられ、その普段の彼からは考えられぬ優しい手つきに心まで浮上しそうだった。

(目を開けるの、勿体無いなあ)

 ボクが目を覚ました事に気付けば、きっと赤司くんはすぐさま手を引っ込めてしまうだろう。この温もりを手放してしまうのは、少しばかり惜しい。
 そんな事を考えながら、しかしボクはゆっくりと目を開けた。この優しい手の持ち主はどんな顔をして自分に触れているのか。それが気になって仕方が無かったのだ。


「……お目覚めか」

 覚醒の気配を感じ取りボクへと目をやった赤司くんの視線は心なしか丸みを帯びており、髪を梳く指先も健在である。
 予想が外れて嬉しいような肩透かしを食らったような、そんな複雑な気持ちでボクは「おはようございます」とだけ言っておいた。それに返された相槌もまた優しく、寝起きの鼓膜を擽ってひだまりの中に溶けていった。

(すき、だなぁ)

 すきだな、赤司くんの事が。これ以上に思いが募ってしまったら、きっと、すきだけじゃ足りなくなってしまう。
 ボクの頭を撫で、髪に指を埋める赤司くん。その後も髪を一房つまみ上げたり、かと思えばかき上げてみたり、ボクに触れるのを、どこか楽しんでくれているようにも思えた。

(……しあわせだ)

 暫くされるがままになっていたボクは赤司くんへと手を伸ばし、そのまま白い頬に触れた。指先を皮膚の上で、つい、と滑らせれば、赤司くんはくすぐったそうに目を細める。しかしボクの指を引き剥がさない所を見ると、その微かな刺激を不快なものとして捉えてはいないようだ。

「……赤司くん、きょうはいつもよりご機嫌ですね。何かありました?」

 なんとなくの問いに返ってきたのは「別に、」という簡素な答え。素っ気ないそれとは裏腹に、視線も手つきも酷く優しいものだから。ボクはまた複雑な気持ちになりながらも笑みを深めた。

「きょうは暖かいな」
「そうですね」
「だから、」
「はい?」
「暖かくて日差しが気持ち良いから、黒子に触れたくなった」

 その言葉の前後に繋がりがあるのかは疑問だが、理解出来た。

「おそろいですね」

 そう息を漏らすと、赤司くんは「おそろい?」とオウム返しに首を傾げた。赤司くんの頬を撫で、頷く。

「暖かくて、目を覚ましたら赤司くんがいて、そしたらすごく嬉しくて、しあわせで、ボクも君に触れたくなりました」

 もう一度、頬を一撫で。白い頬は、するりとボクの指先を受け入れ、ぬくもりと同化する。

「赤司くん、暖かいのとしあわせって、似てますね」

 ふと浮かんだだけの考えを何の気無しに言葉にすれば、それはすとんと胸へ落ちてきた。声に出して、伝えて。そうして初めて、ああ、本当に似ているなと思えた。

「暖かいからしあわせなのか、しあわせだから暖かいのかは分かりませんけど。君の体温とこの陽射しは、何だかしあわせです」

 穏やかな気持ちに思わず笑みを浮かべると、赤司くんは静かにボクの手を取り、何の前触れも無く無防備な指先に唇を落とした。
 くすりと笑う赤司くんに、顔が熱くなる。でも、嬉しい。この胸の高鳴りも、照れくささも、必要あっての気持ちだ。



「この体勢だと唇に出来ないから、代わりに」

 指先に感じる、頬とはまた異なった温もりを享受して、ボクは赤司くんの顔をじっと見つめた。透き通った赤い瞳はやはり穏やかに凪いでおり、いつも通りの顔の中にも、優しい色が垣間見えた。

 ガタリと赤司くんが立ち上がる。向かいの席から、ボクの隣の席に移動して腰を降ろした。そしてボクの腕をやさしく掴み、自らの首に回させる。

 不意に重ねられた唇に、驚きはしなかった。目を閉じ、唇に触れる温もりを受け入れる。


「……あたたかいですね」
「ああ、本当に」

 それはきょうの気温の事なのか、互いに触れた体温の事なのか。
 ひだまりの中再び交わしたキスは、痛みを伴わないぎりぎりまで熱量を上げていく。そして胸にまどろみのようなこそばゆい浮遊感を残し、麗らかな陽射しをも溶かしていった。







 
君の棲む温かい冬
(ゆっくり愛を咀嚼する)




 

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